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2011年6月26日 (日)

良子のヒ・ミ・ツ

第五回小説宝石新人賞一次予選落選作品(^◇^)

     一

「さあさあ、見てらっしゃい、寄ってらっしゃい、御用とお急ぎでないお方はごゆるりとお聞きください、そこにいらっしゃる若社長に若奥様・・・見ようによってとお断り申しますが・・・」
一同爆笑の渦。
「さてさてここに取りいだしたる・・・」
 と青い半被(はっぴ)姿(すがた)のどう見ても四十過ぎ、贔屓目(ひいきめ)に見ても三十後半、脂(やに)だらけの歯茎(はぐき)をむき出しにして、というかかなりの出っ歯である。
 会議テーブルに紅白の鯨幕(くじらまく)を引っ掛け、即席の口上場に十数人の客が取り囲んでいる。
 この年の東京は観測史上最高の猛暑であった。
出っ歯の口上など聞くために立ち止まらずともさっさと炎天下の都心から目的の場所へ移動すればよいものと思うのである。
 ところが、彼らには出っ歯を取り囲む理由があった。
 会議テーブルからぶら下げられているA4用紙三枚をセロハンテープで繋ぎ合わせて作った用紙に書いている文字に彼らは釘付けになっているのである。
【エンドレスな愛のお供】
【武藤家千年、伝家の妙薬を直販】
【これで我が家は十人家族】
 出っ歯の後ろに右側から左側に頭を瓦屋根の勾配で八人の子供が並んでいる。
 赤青黄色の色とりどりのティシャツにジーンズとスカート姿、そしてスニーカーといういでたちである。
ティシャツに書いている文字が統一されていた。
「愛の伝道師」とプリントされている。
 出っ歯、出っ歯と差別用語のような気がするので、彼を本名で呼ぶ事にする。
 出っ歯こと、武藤(むとう)武(たけし)と上から呼んでも下から読んでも武藤武という男である。
 浅草の海苔を販売している会社のような名前である。
 つい最近までIT企業を渡り歩く派遣社員を生業(なりわい)としてきたが、この不況であるご他聞に漏れず派遣難民に転落してしまった。
「愛の伝道師なる軟膏(なんこう)、この頃は皆様のおかげで売切れ続出・・・なにしろ自家製のため少量生産、少量販売、ほんとうに皆様にはご苦労をお掛けいたします。我が武藤家はかの源氏の末裔、いいくにつくろうの鎌倉幕府を開闢(かいびゃく)した源氏でございます。かのご先祖様、子孫繁栄を願い古今東西の秘薬を密かに研究いたしました結果、ここに瓶詰めし軟膏の成分を子孫に書き記しここに至りました。この薬の類似に蝦蟇(がま)の油という粗悪品もございますが、これは正真正銘の愛の秘薬、後ろに控えし不肖(ふしょう)武藤武の子が証拠でございます」
 といつものように口上をやっていた分けである。
「一瓶、福沢諭吉一枚と言いたいところでございますが、この不景気、皆様の懐(ふところ)具合(ぐあい)もありましょう、日ごろのご愛顧にお答えいたしまして、【たけくらべ】の作者一枚で販売いたします。なおまとめて二瓶お買い上げ頂きましたお客様には、なんともれなくもう一瓶お付けいたします」
炎天下、武藤武の前では早くも客たちが口上の終わるのを今か今かと待ち受けていた。
なぜ客が集まるのか、客は子供を使った演出や武藤の口上などどうでもいいことだった。
 客は武藤武が手にする【愛の伝道師(でんどうし)】なるうさんくさいネーミングの軟膏を手に入れたいのだ。
 路上販売は基本許可が必要である。
露天商の免許はすでに許可が下りない、発行済みの免許を高額な金額で購入する以外手に入らない昨今である。
 さらに言うならば、身体に塗る薬なわけである。
これもまた完全な薬事法違反すれすれである。
薬の瓶に効能を記入しない売り方、入浴時にお使いくださいなどと妙なことを印刷したラベルを貼っている。
瓶といっても白いプラスチック容器に【愛の伝道師】とラベルが貼っているだけである。
 つまり武藤武は無許可路上販売プラス薬事法違反を堂々と行っているのだ。色々な法律や条令が国民や市民を守るために制定されていると思ったら大間違いだ、あれは全部企業を守るためのペテンだというのが武藤武の持論なわけで、元IT業界に席を置いていた経験を生かし、ネット上の掲示板に販売する日時と場所を案内するだけで、これだけの購入希望者が殺到する。
 いわゆるゲリラ販売を行っているのだ。
 ここに集まっている客全員、購入後、直ちにネットオークションへ出品するのを目的でやってきていた。
 この商売を始めて早三ヶ月が経過しようとしている。
もちろん、何度か警察署できついお灸を饐(す)えられたこともある、地回りの露天商から嫌がらせを受けたこともある、紆余曲折(うよきょくせつ)はあったがご先祖様の作った妙薬でこれだけの儲(もう)けを得られるとは、実際のところ武藤武は想像していなかった。
 後ろに並んでいる子供達の八人中一人を除いて全員アルバイトである。一番右側の背の高い、茶髪に野球帽を被った武藤美香以外全員がいわゆるサクラなのである。
 十年前、武藤武の妻は年下の男と家出をしたまま行方不明になっていた。
 当時美香は七歳。小学校に入ったばかりであった。
「とうちゃん、かあちゃんがまさる君を好きになったから、家をでるていってたわ」
「あいつほんまなに考えとるんや」
 残業帰りで終バスに乗ってアパートに戻ると部屋の電気も点けず美香は真っ暗な部屋の中にいた。
テレビで深夜帯のスポーツニュースを見ていた。
「とうちゃん、今日イチローヒット打ったで」
 美香は根っからの野球少女だった。
 小さい頃から武藤武に背負(せお)われ神宮球場の外野席で野次が怒号する中で育った。
だから普通の女子と少し違った夢を持っていた。
 小学、中学と野球のリトルリーグで四番ピッチャーとして大活躍した。もちろん高校へ進学して憧れの甲子園、そしてプロ野球という夢見る少女だった。
 だが、中学三年の夏に武藤武からこう告げられた。
「あのな、すまんが美香、このとおりの俺や金が無くて、お前をよう高校へ行かせんわ」
「いかれへんか・・・おいら(美香は自分のことをおいらと呼ぶ)、やっぱり股にあれないからプロ野球も行けんし・・・」
「そんなあほな事があるか、働いて社会人野球からプロ野球に進んだ選手が沢山(たくさん)いる」
「そうや古田(敦也)もトヨタからヤクルトへ入った。わかったおいらトヨタでもなんでも働いてプロに入ったるわ」
 と楽天的な美香へ中学卒業と同時に武藤武は、弁当屋のアルバイトの口を探してきた。
「野球部がない仕事、ようできんわ」
「美香、食い物商売は食いぱっぐれない仕事や、がんばるんやで」
「とうちゃん、おいらプロ野球の選手になるんや」
「わかってる、そやさかい弁当屋の配達で体力を維持せんならん、仕事もせんと家で引きこもってみろ、そげん夢かなわん」
「せんないな、わかったわ」
 あれから二年経つ、美香は黙々と都心を中心に弁当を載せた専用の車を引っ張り続けた。
 やがて店一番の売れっ子になった。
 この界隈(かいわい)で知らないサラリーマンはいない。
 それというのも美香は飛びぬけた美少女だったのだ。
『弁当屋美香ちゃん』で大変な人気者として中高年サラリーマンのアイドル的存在であった。
 噂ではファンクラブも存在するらしい。

 今年の春に武藤武は派遣切で無職になる。武藤武はとりあえず失業保険で食いつなぐ一方で就職活動を行った。だがこの不景気である。平成大恐慌と誰も言い出さないのが不思議なぐらいだ。毎日ハローワーク通いの甲斐もなく、三ヶ月ほど無為(むい)の内に過ごした。
同じ都内に家を構える親戚の家へ十数年ぶりで出かけた。
「そうか、武おまえ無職か」
 父の三人兄弟の一番上の叔父がケラケラと声を出して笑った。武藤功は三十年ぐらい農業機械部品の工場(こうば)を経営してきた。
「だからお前が大学辞めた時、俺の工場へ来いといったのを聞いてればよかったものを、今(いま)更(さら)だな」
「はあ、今更ですよね」
 と武藤武は苦笑(にがわら)いした。
 茶を給仕しに現れた武藤功(いさお)の妻、幾代(いくよ)が言い出さなければ、今こうして武藤武は【愛の伝道師】を販売していなかった。
「まあほんと、武君ご無沙汰(ぶさた)ね、それにしても困ったわね、美香ちゃんもいるし、そう美香ちゃん、働いているんだって」
「はい、弁当屋で働いています」
「美香のほうがよっぽど偉い、四十超えたいい大人が無職など・・・ほんとうに情けない」
「ええ、情けないです」
「あんたこそ、この不況で、毎日、毎日金策(きんさく)じゃない、人の事を言えないじゃない、武君、家もこんな状態なの協力してあげたいけど、ごめんね」
「ええ、わかります」
 と武藤武は叔父夫婦に頭を下げた。
 叔母もずいぶん会わない間に老けていた。
 武の結婚式以来だから十八年近く会っていない勘定だ。着古したエプロンを頭からかけ、体形を隠しているように見える。彼女は昔、親戚中で一番のスタイルを自慢するほどの美貌(びぼう)だった。
 叔母が急に思いついたように、
「あんたあれ」
 叔父は不審な顔で叔母を睨(にら)み付けた。
「あれよ」
「だから、なんだよ」叔父の堪忍(かんにん)袋(ぶくろ)の緒(お)が切れそうになった。
「薬」
 叔父はようやく思い出したようだ、叔母にうなずき返した。
「武、いいことを思い出した」
「なんでしょう」
「武藤家先祖伝来の薬がある」
「薬?」
「ああ、武藤家直系だけが受け継いできた薬だ」
「なんですかそれは?」
「子孫繁栄を願い、五百年前のご先祖様が調合した霊験(れいげん)あらたかな妙薬(みょうやく)じゃ」
「妙薬って、セックスの時の・・・」
「武君、そんなはっきり言って・・・」
 急に叔母は顔を赤らめて叔父に背を向けるように座り直した。
「そうそれ、お前ちょっとあれ持って来てくれ」
 武藤幾代は奥の仏間から何か取り出してきた。
 それは長細い色あせた桐の箱だった。
紫の平(ひら)紐(ひも)一本で閉じられていた。
叔父が紐を解き、中から菊の模様柄をあしらった巻物を取り出した。
 武はその巻物を受け取り、中をあらためた。
 達筆な字が蛇のようにのた打ち回っていた。
「読めません」
「ああ、俺もまったくだめだ」と叔父。
「その中に書かれている薬の作り方は本物だ」
「どうしてですか」
「家の子供の数を考えてみろ」
 武藤武は一瞬で理解した。
 武藤農機具販売の従業員は、全員武藤姓である。十人兄妹。長男は武より五歳上、下は武より十歳も若い娘がいる。武藤農機具販売は家族で従業員を構成していた。
 叔父が二階の寝室から運んできた瓶の中には唐辛子(とうがらし)に似た粉末が詰めてあった。
「四代前の祖先が巻物通りに作った薬だ。これを薬局で売っている白色ワセリンと混ぜると、こうなる」と叔父は、金属製の平べったい軟膏入れを開けて見せた。強烈な匂いがしていた。
「麝香(じゃこう)の匂いがきついだろう、こいつの使い方も書いてあるらしい、臍(へそ)より下三寸に塗りこめ、さらに肛門の周りに塗ると効果ある」
 叔母は真っ赤な顔で下を向いてもじもじしていた。
「もちろん女性にもきく」
「女性に・・・」
「すごいの」と幾代は下を向いたまま答えた。
 叔父と叔母の乱れ狂う姿を想像してしまい、飲み込もうとしたお茶に思わず咽(むせ)る武であった。

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