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2011年6月26日 (日)

良子のヒ・ミ・ツ

第五回小説宝石新人賞一次予選落選作品(^◇^)

     五

「私は巻物をさらに調べる事にした」
「巻物を・・・」
「ああ、かってに申し訳ない、巻物をばらばらにしてみた」
「ほんとですか」
「元通りにする」
 教授は黒い手提(てさ)げカバンから大判の書類入れを出した。
「巻物の背表紙の中かからこれが出てきた」
 教授は応接テーブルの上に書類入れから墨で書かれた地図のコピーを広げた。
「地図ですか」
「そう、地図がでてきた。この山の横に富士山と書いてある。ここは川口湖と西湖だ」
「富士山?」
「ここに○で囲んだ箇所があるだろう、現代の地図に照らし合わせると青木ヶ原樹海の鳴沢氷穴と一致する」
「鳴沢氷穴?」と武はいった。
「西暦八六四年閏年、富士山系の長尾山の噴火によりできた風穴じゃ、夏でも三度ぐらいの気温で保たれた洞窟のため、氷穴になっておる」
「氷穴ですか」
「ああ、天井から浸透した水が氷の柱となった氷柱だらけらしい」
「なぜ、そこの地図が?」
「まさにそれがポイントだ。丁度、時代は第五十六代清和天皇の時代、いわゆる清和源氏の始祖だな」
「清和源氏!」
「そう、君が源氏の子孫と言っていたが、まんざら真実かもしれん・・・その天皇は実に数奇な運命を辿(たど)っている」
「数奇な・・・」
「九歳で即位、なんと二十七の歳に天皇の位を譲位しておる。後にも先にもそんな天皇はいない、その当時は大友氏と藤原氏の政争が激しい時代じゃ、譲位後出家して苦行の末、崩御(ほうぎょ)している・・・」
「誰に・・・譲位ですか」
「もちろん第一皇子、貞明親王、後の陽成天皇じゃ、かれもまたわずか九歳で即位した。この辺りに何か匂わないか・・・貞明親王の曽祖父は藤原長良という、だがどうも貞明は長良の子という説がある」
「父が異なる・・・」
「まさにそのとおり、実はその事が面々と巻物の第三篇に書かれておる」
「そうでしたか、目を通していませんでした」と武は教授の解読した資料の一部、妙薬の調合方法だけしか読んでいない事を認めてしまった。
「そんな事はどうでもいい、わしは君とこの時代がなぜ結びつくのか検証したいのじゃ」
「と言いますと・・・」
「鳴沢氷穴に私と一緒に行ってみよう」
「ええ、氷穴にですか?」
「もし君が過去に存在していたとして、この巻物を君自身が作った。地図を裏表紙にわざわざ書き残した。なんのためじゃ」
「なんのため・・・」
「よく考えれば、一目瞭然」
「はて?」
「未来の君へ残したのじゃ!」
「ええ・・・」
「とりあえず、私も講義のコマをいくつか抱えておる。君の行ける日取りを決めてくれ、休講にして行く事にするよ」
「はあ」と武は曖昧に答えた。

 同じ事務所内で買掛伝票の整理をしていた美香は、この話を最初から最後まで聞き耳を立てていた。
「とうちゃん、おいらもついていくで」とニコニコとしていた。

 鳴沢氷穴は山梨県鳴沢村にある。
 移動手段としては、新宿駅からJR中央線を利用し山梨の大月駅で下車、富士急行線に乗り換え河口湖駅で富士急バスに乗車し鳴沢村の氷穴へ向かう。
 所要時間で三時間弱である。もちろん乗り換えの待ち時間を考慮した時間である。
 注意しないといけないのがバス路線である。9時から14時までの運行時間しかなく、一時間に1便のバスが走るだけで、それを超えると鳴沢村に泊まることになる。幸いなことに温泉施設とペンションがあり割とリーズナブルに宿泊ができる。
 翌週の月火と工場を2日休日にして、武と美香、そして教授の三人は早朝の新宿駅で待ち合わせをして鳴沢村へ向かった。
 車中である。
「とうちゃんと初めての旅行や」
 と窓に広がる景色に見入る美香である。
「そうか、初めてやな」と武も美香の言葉に感慨深いものがあった。
 美香が幼い頃に良子が駆け落ちした。
それ以来、武藤家の家族イベントは皆無(かいむ)になった。たまに公園で美香とキャッチボールをする武であったが、運動会に行った事もない。それを思うとふと熱いものが目頭(めがしら)から零(こぼ)れそうになる武であった。
「そういえば、奥さんはどうされたかのう」 
 と教授がいった。
 教授に悪気はないだろう、ほんとうの事を述べてもいいと武は思った。
「うちのかあちゃん、男作ってどこかいってもうた」と美香が武を制して答えた。
「そうか、それは失礼した」と教授はいった。
 何が失礼したのか、武には判然としなかったが、それ以後、教授は家庭の事に触れなかった。
こうして夏まっさかりの富士パノラマラインを走り、武藤武一行は鳴沢氷穴に到着した。

 いくぶん猛暑は過ぎていた。しかし外気はうっすらと汗ばむ気温である。
入口の大きな看板に『天然記念物鳴沢氷穴』とある。入口から洞窟へ続く階段を下りて行く。大人がようやく立てる天井の洞窟が続く、入ってすぐに床が氷で滑る急な坂道になる。油断するといつでも滑落(かつらく)する恐れがある。なるほど、洞窟は天然の冷凍庫ということがわかるほど寒かった。
 美香と私は教授が用意したヘルメットを装着していた。その上にランプが取り付けられている。
「この氷穴は環状になっていて、ぐるり一周できるようになっておる」
 と教授は説明した。
「先生、きたことあるんですか」と美香がいった。
「いや、観光案内をネットで見た」
「すごいほんとうに氷の柱がたくさん」と美香が声を上げた。
 ライトアップされた氷柱が突然現れる。
「この先に地獄穴という穴がある」と教授はしっかりとした足取りで前をずんずんと進んでいた。
「行き止まりだ」と武はいった。
行き止まりのさきに、神社を模した小さな社(やしろ)が置かれていた。
「武藤さん、なんか思い出さんかのう・・・」
「この穴はどこへ続いてるんや」と美香はしゃがみ込み地獄穴を覗いていた。
「観光案内には江ノ島までと書いてあった」と教授はリュックから巻物から出てきた地図のコピーを取り出した。
「地図に沼が書かれている」と教授は地図の沼という文字を指し示していた。
「この穴から先に沼があるということですか」と武はいった。
 武たちはさらに地獄穴から天井の低いトンネルを匍匐(ほふく)前進し続けた。ようやく大人が立てる広い空間が現れた。
「見たまえ、氷の沼だ」と教授は懐中電灯の明かりで凍った沼を指していた。
 真っ暗で天井の高さが分からない、武は懐中電灯を天井目掛けて照らしたが、天井の果てが分からないほどであった。まさに地の底にその沼はあった。
「先生、スケートできるわ」と美香は沼の縁の氷に足を掛けていた。
「美香、割れたら大変や」と武は心配して言った。
「この辺りの気温は2度ぐらいだから、まず溶け出すことはなさそうだな」と教授。
「先生、でも水は0度で凍るのでは?」
「確かに、表面は常に溶けるのだが、その下が0度よりさらに低い温度になっている。つまり溶ける一方すぐに凍るというせめぎ合いが起こるため、完全に溶ける事がないのだ」
「あ、先生ここ」と美香が声を上げた。
 美香の指し示す沼の縁に武たちは、人の手によって造られた敷石を組み合わせた床を発見した。
「これは、誰かが敷いたものだな」と教授。
 30センチほどの正方形の石が規則正しく敷かれている。幅は丁度2メートルほど。懐中電灯で照らすと、壁のほうから沼に続いて、まるで神社の境内の敷石を思わせる。
 教授がその敷石の上を歩き壁まで向かった。
 丹念に壁を教授は調べていた。
「武藤さん、この壁見てくれ」
 武は言われるまま、壁に近づき教授の懐中電灯の明かりの先を見た。岩石質の岩肌にまったく違う粘土質の壁がアーチを描いている。
「この壁、後で埋めたようだ・・・」
 教授はリュックから折りたたみのハンディシャベルを取り出した。
「この壁を掘ってみよう」
 教授と武は交互にシャベルを持ち、壁を崩しながら穴を掘り続けた。粘土質のため割合簡単に掘り進むことができた。二メートルほど進んだところで、一気に壁が崩れた。
「あ、あれはなんだ・・・」と教授が叫んだ。
 開(ひら)けた空間に、神社に似た建物が立っていた。
 武たちは懐中電灯をたよりに、建物へ近づいた。
「これは・・・」と教授は絶句した。
「神社みたいやわ」と美香はいった。
 高さは優に十メートルを超え、幅は先がわからない長い廊下を持った建物だった。
「こんな洞穴になぜ建物が」と武はいった。
「考えられる事は、ひとつじゃ・・・、誰かをここに幽閉(ゆうへい)していた。そのために造られた建物、そしてその者はこれだけの建物に住むのに相応しい人間・・・」
「誰?」と美香。
「やっぱり第三篇から、皇室に関わりのあるものだという推論ができる・・・」
「悲しすぎるわ、真っ暗な闇で生きるなんて、うちようできんわ」と美香は悲痛な声でいった。
「建物を調べよう」と武たちはさらに建物を調べることにした。
 建物へ続く階段を上がり切った板張りの廊下で履いてきた登山靴を脱いだ。埃(ほこり)が積もった廊下が続く。ようやく建物の入口に辿り着いた。
 引き戸があった。
 引き戸に細長い紙が張ってある。
 色あせる事のない暗闇のため白い紙にくっきりと墨で達筆な文字が書かれている。
「なんて読むんや」と美香がいった。
 教授が近づき紙を改めた。
「護符だな、この戸開けるべからずと書いている」
「ほんと『開』という漢字があるわ」と美香は懐中電灯を護符に向けた。
「開けるべからずか・・・どうします教授?」と武はいった。
「私は開けて入る」と教授は毅然と答えた。
 教授は戸を開けると懐中電灯を頼りに中へ進んでいった。
「とうちゃん、うちらも入ろう」と美香は教授に続いた。
 武は正直困惑していた。
『開けるべからず』と書いてある場所、何か得たいの知れない呪いでも降りかかる恐れだってある。と思ったが、武一人が入口に残るとあまりの静けさに、武も続く事にした。
 板張りの廊下を中央にして、両側に畳の和室が幾つもの襖で仕切られ続いていた。
「お城のような家や」と美香は懐中電灯で和室を照らしていた。
「寝殿造りというのだろう」と教授はいった。
 この建物の中で一番大きな部屋に辿(たど)り着いた。床の間に墨で書かれた絵が掛かる。
山紫水明(さんしすいめい)を墨の濃淡で表した一幅(いっぷく)である。
 部屋の中央に布団が伸べてある。
 掛け布団は人が寝ていた形跡を残していた。
「誰かがここで寝起きしていたようだ」と教授はいった。
 隣の和室で武は平机に夥(おびただ)しい書物を発見した。幾つかを取り上げ中を改めると、いずれも達筆な筆使いで文字が書き込まれている。
「先生、大量の書物ですね」と武はいった。
 教授も幾つかの書物を捲(めく)っていた。
「どうやら、ここに住んでいた人間は歴史書をつくっていたようじゃ・・・」
「歴史書?」と美香が繰り返した。
「和暦の年月日とだれ某(それ)が何をしたのか、そして何が起こったのか、連綿(れんめん)と綴(つづ)られている」と教授は熱心に懐中電灯を当てていた。
「いったい誰や」と美香はさらに部屋を物色するように懐中電灯をあちらこちらに当てていた。
「皇族のそれも正当な皇位の継承者・・・」と教授は言葉が急に途切れた。
「そうかわかった」と教授は声を荒げた。
「ここに、密教とある。平安時代に中国から密教が日本にやってきた。そして小角(おづの)と記されている。これは役(えん)の小角の事。そうか日本霊異記(りょういき)にある、小角が伊豆に島流しになり富士山で修行したとはここのことか・・・」と教授は書物を握り締めたまま呆然としていた。
「小角とは誰ですか?」と美香が尋ねた。
「日本の修験道の開祖と呼ばれている。山岳信仰を広めた仙人のようなものだ。時代もあっているな、確か西暦で六三四年の生まれ」
「彼はなぜここに」と武がいった。
「彼は役(えんの)行者(ぎょうじゃ)と呼ばれておる。そうか、小角は藤原氏からここで皇族の血筋を継ぐ者を監禁していた。そしてその監禁されていた者がここに書物を認めた・・・妙に辻褄(つじつま)が合いだしたぞ」と教授は明らかに興奮していた。
「行者は聞いた事があります」と武はふと不思議な事を思い出した。
「聞いた事がある?」と教授はいった。
「はい妻から・・・」
「ええ、かあちゃんが・・・」と美香が驚いていった。
「それがな・・・良子は時々俺のことを、ギョウザとかいっていたことがあるんや、それで聞き返した事がある。ギョウザとはなんだて・・・そうしたら、『ぎょうじゃ』とかいってたわ」
「ぎょうじゃ・・・」と美香が繰り返した。
「他に何かいってなかったか」と教授が尋ねてきた。
 武は良子がいなくなる少し前にこんな事をいったのを思い出していた。
『とうちゃん、わてがしばらくいなくなっても、美香育てられるか・・・』失踪してから何度も武自身が繰り返してきた。
 あれはどういう意味だったのだろうかと改めて考えた。
 しばらくいなくなるという前提は、いつか戻る事を意味するのだろうか、ということは、良子はどこかへ行かなければならない自分の立場を伝えたかったのではなかろうか・・・。
『人はみな生まれ変わりやから』という良子から出た言葉をふと思い出していた。
「生まれ変わり・・・」と武は漏らした。
「生まれ変わり?」と美香。
「武藤さんの一族は巻物を継承してきた。巻物をどうやって手に入れたのか、また巻物に隠された地図の存在を知っていたのか、兎に角、武藤さんのご先祖は間違いなく、この場所を知る立場にあった関係者に違いないと私は思うのじゃが、いかがだろう・・・」
「関係者には違いないでしょう」と武は答えながら、書物の端に重ねられた紙を取り上げた。
 その紙は見取り図に似た図面が記されていた。
「先生、これはなんでしょう」と武はいった。
 受け取った教授は懐中電灯の明かりで図面を改めた。
「これは、沼の工事の遣(や)り方(かた)図じゃ」
「遣り方図てなんですか?」と美香がいった。
「工事などを施工する時の設計図じゃな・・・そうかあの沼は人工に造った沼なのか!」
「人工ということは、人の手で造った!」と武はいった。
「もう一度、沼を見てこよう」と教授は部屋からすでに沼へ向けて歩き出した。
「あれだけの沼を造るのも大変だが、あの氷を作るための水をどうしたのだろう」と教授が呟(つぶや)いた。
 沼に戻ると教授は氷の上に乗り、凍った沼に懐中電灯を当てだした。武と美香もそれに習い、同じように氷を通して沼を覗き込んだ。
 沼の直径は、五十メートル四方の大きさはある。
 武の目にはまったく透明な氷があるだけにしか見えなかった。
 しばらく経ち、教授の声が武を呼んだ。
「武藤さん、見つけた!」
 教授の声が沼を囲む空間にこだましていた。

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