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2011年6月26日 (日)

良子のヒ・ミ・ツ

第五回小説宝石新人賞一次予選落選作品(^◇^)

     四

「とうちゃん、借りてきたで」
 金曜日の夕方である。
 美香の弁当屋の配達は土日休みである。
 客のほとんどがオフィス街のサラリーマン。土日は弁当販売をしても購入する客がいない。美香を通じて弁当販売用の配達車を借りてもらった。この弁当用の配達車は、リヤカーと同じ構造をしている。弁当を入れるボックスが後部に取り付けられ、両脇に自転車のタイヤにそっくりなタイヤ、前にボックスを引っ張るための鉄のパイプが取りつけられている。大きさはそれほど大きな物ではないが、会議テーブルやパイプ椅子二脚と紅白幕など運ぶには十分すぎた。
 二回分の分量を入れた小さなプラスチックの容器に軟膏を詰めサンプルを百個ほど製造した。容器の胴に使用方法を印刷したタックシールを貼り付けた。
美香に弁当販売の時に配ってもらった。もちろん無料である。あわせて販売する日時と場所を書いたチラシをパソコンで作って、これも美香に配ってもらった。
 サンプルはたった一日で配り終えた。
 美香の弁当販売のアルバイトにおんぶに抱っこであった。

 さて、ここで武藤武はすっかり失念していた。
商品名を付けていなかった。
「とうちゃん、商品名のないもん、よう売れんわ」
 武藤武と美香は喧々諤々(けんけんがくがく)と議論を続けた。
 結果三つの候補に絞り込んだ。
 【男の力】
 【愛の山脈】
 【愛の伝道師】
 マーケット理論やプランニングなど知る由も無いわけで、ましてや商品のネーミングが売上にどれだけ影響するかの知識は皆無であった。
「とうちゃん、【男の力】は直接すぎるで、やっぱり【愛】がつけならん」
「ほな【愛の山脈】や」
「それもあかんな、山脈がいかにもとちがうか」
「【山脈】・・・いいのにな、富士山をマークにしたらどうだ、中国人観光客に富士山はすごい人気があるで、国内だけでなく中国でもよう売れるかもしれんわ」
「だめや、富士は山脈違うで、この軟膏を使う目的がはっきり響いてこんわ」
 と美香が強い口調でいった。
「人がこれを使って幸せになる。聖書と同じや」
「ほな【愛の伝道師】か」
「それしかない、人間の根本に関わる問題や、誰もこれをさけて通れんわ」
「ごっつ美香大人ぽっいこといいよるわ、とうちゃん驚いたで」
「ほなら【愛の伝道師】で決まりや」
「これでいこうや」
 と家族会議の結論は【愛の伝道師】で決まった。

さてサンプルを配った翌日に美香はいつものように炎天下、弁当を満載した配達車を引っ張っていた。
 早朝と昼で美香は販売する場所を変える事にしている。朝は十時まで電車の乗降客がたくさんいる駅近くの歩道で販売し、それからオフィス街の一画にある公園まで販売車を移動させる。
 まだ朝8時である。
 いつもの弁当販売する場所に異変があった。
 勤務先へ向かう通勤のサラリーマンの波が一箇所で堰(せ)きとめられ、その堰を避ける人の波ができていた。
『なんや』と美香は思った。
 近づいて呆然とした。
「おはようございます」と一斉に美香へ朝の挨拶(あいさつ)が起こった。
 全員、美香の弁当を購入する客である。
「あれ、どうしたんやみんな」と美香は言ってみて、客全員が昨日配ったサンプルの容器を手にしているに気がついた。
「美香ちゃん、おかわり!」と客は口を揃えた。
 何がおこったのか一目瞭然である。
「ごめんね、もうサンプルないんや」
「ええ」とざわめきが起きた。
 二十代のまじめそうな男。
「昨晩は美香ちゃんの事思って悶々(もんもん)として、よく眠れなかった。あの薬どこで売っているんでしょう。教えてください」
 三十代の頭をワックスでオールバックにしたサラリーマン。
「俺もだ。生まれて初めて、男になった気がした。なんとしてもあの薬を手に入れる」
 四十台の管理職らしき男性。
「そうだ、俺なんか・・・十年ぶりで女房とエッチした。女房が失神した。今日の朝食は赤飯がでた」
 俺もだ、俺もだという声が期せず起こり、駅前の歩道は一時騒然となった。
 美香としては、武が作ったチラシのとおり説明するしかなかった。
「来週土日昼から、公園前で販売するさかい、みんなで買いにきてな」
 全員しかたなく出社したのであるが、朝と昼の販売で用意した弁当は朝だけで完売した。
 百五十食である。これは配ったサンプルの数を超えていた。とおりすがりの者も五十人はいた勘定になる。
 美香は予感した。
『とうちゃん、これはえらいことになったで』

 さて路上販売の初日である。
 武の発案で【愛の伝道師】の文字を印刷したプリントティシャツを作ることになった。
 その場でティシャツに文字を入れてくるサービスがあるらしい。
「どうや」と武は黄色のティシャツを美香に手渡し、自分は黒のティシャツを頭から被った。
「うちなんかはずかしわ」と美香。
「まあ、がまんしときや、これでもうかったら、もう少しましなもん作るわ」
 と二人で公園まで弁当販売車を引っ張っていった。
 なるほど武も美香から話を聞いていたとおり、公園前に今か今かと待ち焦がれたサラリーマンの集団が待ち構えていた。
「来た来た!」と一同より熱望が直に伝わってくる声が期せず起こる。
「美香ちゃん、待っていたぜ」
「早く売ってくれ」
「昨日から並んでいたよ」
 等々切望する声が次々と武と美香に投げかけられた。
 会議テーブルを組み立て、その上に紅白幕を掛け、パソコンで印字した【愛の伝道師】のポップをセロテープで貼った。
『心と身体に愛と勇気をお伝えする。
 愛の伝道師
 一瓶金五千円で好評発売中』と印刷されている。この値段が妥当(だとう)な価格であるのか、武藤武は少し自信がなかった。高すぎれば、購買意欲が無くなるだろう、また安すぎてもいかにも怪しげなものと取られかねない。
 初日に用意した【愛の伝道師】は二百個、集まった客はどうみても百人以上である。
 武と美香が夜なべをして二百個を5日間で瓶詰めした。
「美香、一人一個しか売れへんな」
 と武は【愛の伝道師】を手に入れられない客がでないようにした。喧嘩にでもなれば、即警察行きもありえる。
 さっと現れてさっと売り切り、場所を移動する。と美香に販売方針を述べた。
「わかったわ、ゲリラ販売や、毎週場所と時間替えて売ったほうがええな」と美香はいった。
「ほな、インターネットの掲示板に掲載しようや」
 これが【愛の伝道師】販売までの道のりであった。
 初日、三十分で用意した二百瓶は完売した。
 一度購入した客が再び最後尾に並んだらしい。
「皆様、おわりがとうございます」と最期に二人で頭を下げた。
「とうちゃん、やったで」
「ああ、ぜんぶいってもうたで」
 用意した【愛の伝道師】二百個を入れてきたダンボールの中は札束がぎっしりと入っていた。
「とうちゃん、すごい金や」
「ああ、三十分で百万や」
 と話していると紅白幕の前に二人の男が立っている。
「すまん、もう完売や」と武が答えた。
「あ、銀行屋!」と美香がいった。
「こんにちは武藤さん、私K銀行I支店の加藤と今泉です」
「なんぞ用か」と武は借りているローンの支払いが滞っているのを思い出していた。それというのも【愛の伝道師】の材料でかなりの出費をしていたからだ。
「拝見(はいけん)させて頂きました。商売繁盛でなによりでございます」
「とうちゃん、この人たち、うちの弁当屋に来ている銀行やわ」
「そうか、で、なんの御用で」
「弁当屋さんでお聞きしまして、はせ参じさせて頂きました。これだけのご商売、ぜひ当行とお取引願いたくお待ちしておりました」
「お取引と申しますと」と武。
「ご商売と申しますと、なにかと資金もご入りようと思います。お見受けしたところこの商売、絶対当たります」
「資金?」
「ええ、私どもも購入させて頂きました」と銀行屋はカバンから【愛の伝道師】を取り出した。
「今は路上販売、行く行くは全国販売も夢ではないと判断します」
「なぜ?」
「客はうそをつきません。サンプルを配り、これだけの客が集まり、即完売、私どもではぜひご協力させていただきたいと思いますが、如何なものでしょうか」
 武藤武は天と地がひっくり返ったような気がした。昨日まで銀行など俺に見向きもしなかっただろう、それがどうした事だ、向こうから金を借りてくれとやってきた。
 武は銀行屋に言われるまま【愛の伝道師】という名義で口座を作らされた。
「さっそく売上金を数えさせて頂きます」
 慣れた手つきで二人の行員は札束を数えおえると、
「ご入金は如何ほどになさいますか」
 武は来週販売するためには材料を再び購入する必要があると考えた。
「半分でお願いします」
 二人は入金の預かり書を記入し、それを武に渡すと去っていた。
「とうちゃん、やったで」
「ああ、やった」
 武藤武は手元に残った札束と預金通帳を握り絞めていた。
 それから毎週土日に【愛の伝道師】のゲリラ販売を各地で行い始めた。銀行屋も毎週集金に来るようになった。販売量も1回の販売個数を二百個から五百個までに伸ばした。美香と二人だけでは生産が間に合わないので、近くの貸し倉庫を借り、そこにアルバイトに主婦を集めて製造を本格化させた。一回の上がりが三百万円、土日で約六百万円、月二千五百万円の売上まで伸びた。
 原材料についてはメーカーへの大量発注でかなり割引がきくようになった。なにしろ現金で買い付けするのである。メーカーは喜んで運送まで込みで卸してくれるまでになった。容器も専用のプラスチック容器を用意した。人件費、原材料費やもろもろの原価を考えても粗利益は80%を超えるほどの商売となっていた。
 貸し倉庫の二階の事務所を住居用に改造を行い事務所兼住居とし、長年住み慣れたアパートから住み替えた。初めて美香は自分の部屋持ちになった。
「とうちゃん、これからは一人ずつ寝るんや、さびしかったらいつでも布団もってきな」など喜びを隠しきれないではしゃいでいた。
 美香は、三ヵ月後に弁当ファンクラブを解散し、【愛の伝道師】に専念するようになっていた。ファンクラブの連中はおのずと【愛の伝道師】の広告塔になっていった。彼らがネットで色々な効能や体験を広めた影響は計り知れない。
 インターネットで【愛の伝道師】の噂が日々上るようになって、武のところに次々と人々がやってくるようになった。
 まずやってきたのが有名な媚薬を製造している会社の営業本部長であった。
 ○△製薬株式会社 本社営業本部長 岩根 権蔵と印字された名刺を差し出した。
「武藤さん、お噂はかねがねお聞き申し上げております。弊社(へいしゃ)でもネットオークションで入手いたしまして、被験者(ひけんしゃ)で試験を実施させて頂きました。これがすごい効き目、弊社の総力を結集いたしましても、これを製造するのは不可能という結論に至りました。研究所におきましても成分分析を行い、分析結果に従った調合を重ねましたが、いっこうに同じ結果が得られない・・・そこで弊社といたしましては、ぜひ共同開発を行い、さらなる販売強化のお手伝いをさせて頂きたく参ったしだいです」
 武はなるほどと思った。
 K銀行の加藤が先日話していたとおりだ。
『軟膏の製造方法を聞きに来る者、手伝いしたいなど言う者が現れたら、一度当行に必ずお問い合わせ下さい。大体はたかりでしょう、軟膏の製造方法に関する特許を申請中の間は、そのような申し出は笑って考えさせてくださいなどと言ってはぐらかしたほうがよいでしょう』
 武藤武は【愛の伝道師】の製造方法の特許申請をK銀行から紹介された弁理士を通じて行っていた。
 特許というものは申請してから認可されるまで、早期審査でも三ヶ月ほどかかるらしい。
「これは大手○△製薬様じきじきに大変恐れ入ります。弊社、というかまだ個人商店でございますが、大変うれしい申し出でございます、なにぶんまだ影も形もないような軟膏でございます。吹けばとぶような木っ端みたいなものです。一時の人気もありましょう、私個人としましては、もう少し路上販売を行った上ではっきりとした効能が定まった時点で世に問いたいと考えております」
「なるほど、じっくり世間の評価を得てから、流通に乗せる。それもよい販売戦略、ただ・・」
「ただ、なんでしょうか」
「必ず、柳の下にドジョウが二匹いる事をお忘れなきようにお願い申し上げます」
 営業本部長は説得に失敗したことに憤慨(ふんがい)して、こんな捨て台詞(せりふ)を吐(は)いて帰っていった。
 次に現れたのが意外な人物だった。
 あの巻物の解読を依頼したK大学の某教授である。
「やあ君、探したよ」
 教授はいつもと変わらぬ不機嫌そうな表情で応接椅子に座っていた。
「ええ、アパートを引っ越しまして、住所が変わりました」
「今日はどんな御用でございますか」と武はいった。
「巻物の事に決まっている」
「巻物が何か?」
「巻物を書いたのは君だよ」
「ええ・・・」
「私はあの巻物に墨汁で付けた指紋を発見した。ついでに巻物の外側から数人の指紋も採取して、調べてもらった。外側には三人の指紋が調査結果から報告された。もちろん私と君、残り一人は不明、報告書に外側の指紋と一致とある」
「まさか・・・」
「そのまさかじゃ、あの墨汁の炭素年代測定の再調査を依頼した。やはり平安時代前期と判定結果が届いた。これはどういうことじゃ」
「先生、外側の指紋はその・・・平安時代の巻物を書いた人間のものが残っていたのでは?」
「私もそう思った。巻物を入れていた桐の箱からも同じ指紋を検出、そして君が箱を入れて持ってきた大手家電量販店の紙袋から、君と私の指紋だけが出てきた。平安前期の人間が現代に現れて大手家電量販店の紙袋に指紋を付けた・・・ありえんじゃろう」
「ありえませんね」と武はいった。
「私は、そこでいくつかの仮定を立てた。ほとんど空論と呼ばれるような仮定を立てるしかない・・・」
「君は過去からやってきた。または君は過去へ行った」
「過去へ・・・」

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