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2011年6月26日 (日)

良子のヒ・ミ・ツ

第五回小説宝石新人賞一次予選落選作品(^◇^)

     二

 武藤武は半信半疑(はんしんはんぎ)であった。
 叔父の家より薬の調合方法が書かれているという巻物と薬入りの瓶と軟膏のサンプルを拝借(はいしゃく)してきた。
「どうせ暇なんだし、巻物を解読して、薬の正式な作り方を調べて売り出せば、大もうけできる」と武藤功はいっていた。
 武藤武はちゃぶ台に叔父から借りてきた品々を広げてため息をついていた。
「そんな大もうけなんて、楽して稼げるなら、叔父夫婦がやるだろう・・・」と一旦は考えたが、意外にまじめな武だけに、軟膏の蓋を開けて見た。
「強烈な匂いだ」
 夏の日の昼下がり、アパートの六畳の居間で、武藤武はとりあえず下半身をはだけて、塗ることにした。
 指に軟膏を取り、叔父から教えられたとおり、臍から三寸、そして肛門の周りに塗りこめて見た。
「別に何も起きないじゃないか」
 と思った瞬間だった。
 わすれて久しい感覚が身体の芯から突如(とつじょ)沸き起こってきた。
「あ・・・」
「ああああああ・・・・
 アパート中に響く声を武藤武は出していた。
 昼の配達を終え一時帰宅中の美香は、アパート近くの角を曲がったところで異様な叫びを聞いた。
『なに、家の方からだ』
 急に駆け出し、アパートの階段を駆け上がるとドアを押し破る勢いで部屋へ突入した。
 そこには当然、下半身をはだけた武藤武が呆然(ぼうぜん)と立っていた。
 武の男自身は人類が考え得る限界の角度で起立していた。
「何しているのよ、とうちゃん、昼間から・・・」
 と美香は言ってみたもの、父親の股間に釘付けになっていた。小さい頃からいつも一緒に風呂に入ってきた。何度も武藤武の一物を見てきた。それがどうだろう、目の前にある一物、どしたらそうなるのか、好奇心が美香を動かした。
「触りたいけど、おいら・・・」
「ええ、だめだよこれは・・・」と武藤武は答えたが、何かそれを自慢したい気持ちもあった。午後の西日を背にして武はまるでアフリカの大地に立つネイティブの気分を味わっていた。
「一度だけ」と武はポツリと答えた。
 美香は恐る恐る武の男自身に寄るといきなり握り締めてきた。
「きゃあ、すごい硬さ、男てこうなるのね」
 と美香は武に男を知らないことを告白していた。
 美香が離さないので武は、
「あの美香もうええか、ちょととうちゃん痛いよ」
「あ、ごめんね」と慌てて美香は手を引っ込めた。
 武は急いでパンツとズボンをはいたが、あれはその形が十分わかる陰影をまだ描いていた。
武は、翌朝までもんもんと布団の中で眠れぬ一夜を過ごしたのである。
 それまでの武はセックスについてどちらかといえば実に淡白であった。女を知ったのも大学を中退して、アルバイトの給料が出た夜、給料目当ての先輩に無理やり連れて行かれた風俗店である。
 逃げた妻の良子は三人目の女になる。
 もちろん武以外知らないことだ。
 今思えば、良子は性欲が強かった。残業に次ぐ残業で疲れた果てた身体に妻とのセックスは過酷であった。
『おとうちゃん』と甘えた声で良子は武の布団によく潜り込んできた。

 武と良子は大阪梅田の鄙(ひな)びた居酒屋の一つで出遭(あ)った。
 まだ若かりし武が大阪の長期出張中のことだ。
 勤務を終えた武は土地勘のないまま梅田界隈をうろついていた。
 兎に角、腹がすきすぎて、目がくらむような思いで路地裏に迷いこんだ。
 その路地にミニスカートで白い胸元もあらわな格好でスタイル抜群の良子がティッシュ配りをしていた。
「にいちゃん、いかすで」と見知らぬ女が急に声を掛けてきた。
「俺金ないから」と武は風俗店のキャッチだと思いそう答えた。
「なに寝ぼけたこといってるねん、おいら居酒屋のキャッチや」
「居酒屋?」
「ほらそこや」良子は笑顔で【北一】と暖簾(のれん)が掛かる店を人差し指で指し示した。
「ああ、居酒屋か、安いか」
「えらいサービスしますよ、よってください」と良子。
 良子にそのまま連れ込まれる格好で暖簾をくぐると、どうみてもその筋と思われる男達がぐるりカウンターを埋めていた。
「おお、良子ちゃんが客連れて来たで!」
「ほらみんな席空けんか!」
 五人のパンチパーマの男達が忙(せわ)しくお絞(しぼ)りを運んできた。
「何飲む」と良子が注文を取りにやってきた。
「おい、ここ暴力居酒屋か」と良子の耳元で囁(ささや)いた。
「暴力居酒屋ちがうで、ここはまっとうな店や」と大声で良子が答えた。
 一人の大男が行き成り近づいてきた。
「にいちゃん、えらい度胸ええな、なに暴力居酒屋、なにいちゃもんつけてけつかるねん」
「みちお、やめな客や」
 良子が男を叱責(しっせき)した。急に男は震え上がるように首を縮め、すごすごと厨房(ちゅうぼう)に消えていった。
「なに飲むねん」とあきらかに苛(いら)ついた良子が繰り返した。
「生ビールをお願いします」と武藤武は答えた。
 その後、良子は二つ生ビールを持ってくると武藤武の横に陣取り、男達を顎(あご)で使い始めると席から動かなかった。
 良子にいわれるまま酒盛りを続けた。
 気がつくと武藤武はカウンターにうつ伏せに寝てしまったらしい。横に同じようにカウンターにうつ伏せで良子が寝ていた。背中に武の背広を引っ掛けていた。
 武藤武が店内を見回すと閉店したらしく、カウンターに椅子が並べられていた。
 振り返ると入口より朝陽が差し込んでいる。
「おねさん、帰る」と武はいった。
「うん、何時?」と良子がようやく目覚め、口元の涎(よだれ)を拭(ぬぐ)う仕草(しぐさ)が幼さを感じさせた。
「会社へいくよね」
「ああ仕事にいく」
 良子は武の後ろに回ると背広を武藤武の袖に通し着せ付けた。
「あらまだ六時半じゃん」
 と良子はそういうと厨房へ向かい、
「おいら朝食作るわ、まっててな」といった。
 武は大根の葉っぱ入りの味噌汁とサンマの塩焼きで朝食を馳走(ちそう)になった。
「うまいか?」
 食事中、ずっと良子はカウンター越しに両肘(りょうひじ)をついて武を眺めていた。
 味噌汁がからいと言いたかった。
 さすがにその事を武は言えなかった。
「ああ、おいしかった。ごちそうさま」
「おねえさん、あのお勘定してください」
 と武はいった。
「昨日はうちのもんが迷惑かけたから、おいらのおごりや」
「いいよ、ここでアルバイトしているんだろう」
「おいら、ここのオーナーや」
「オーナーて?、もしかして経営者?」
「そうこの店やってるのおいらなの」

 良子十七歳、武二十五歳の出会い。
 良子は磯谷組という的屋(てきや)一家の長女であった。店で働く男達はいずれも普段的屋を生業としていた。
「良子お嬢は俺達のアイドルや」が全員口癖で、ちょっとでも客が良子に色目を使うと大抵(たいてい)ぼこぼこにしばかれていた。
 そんな調子であったので居酒屋北一の商売はさっぱりだった。どういうわけかそれから武藤武は、ほぼ毎日仕事帰りに北一に寄るようになった。いつも武はカウンターの隅に座り、一人手酌でやっているだけなのだが、非常に居心地よさを感じた。その場所が自分に予め用意された場所で、そこに座ることで一日が終わるのにふさわしいとさえ思っていた。その席から良子と客のやり取り・・・ほとんど喧嘩ごしの接客なのだが、良子や客が創り上げる賑(にぎ)やかな店内で自分だけが、東京もんという異邦人(いほうじん)が占めていても溶け込む余地があった。
 誰でも自分の場所を求める。
 それがたとえ一畳にも満たないカプセルホテルの空間であろうと、人は張り詰めた気を休めたい欲望がある。
 武藤武は居酒屋北一のカウンターに見出した。
 一年後、武へ東京帰社の辞令が下りた。
 まだ当時は会社員である。絶対的な命令だった。
「ええ、武さん転勤!」良子は驚いた表情を見せた。
「転勤というより、本社へ戻りさ」
「そうだよね、武さんの会社東京だもんね」と良子は武をじっと見つめていた。
 一年間、武と良子は常連客と店主の間柄でしかなかった。良子も恋愛対象として武を考えていなかったらしい。
 良子は『東京』という場所に恋をしていた。
 時々、良子は東京について武に尋ねた。
「それでさ、原宿の竹下通りて、渋谷のすぐ隣よね」とか「東京ディズニーランドて、千葉にあるのに、東京てどういう事」などなど、枚挙に暇がなかった。
 東京へ移動する朝、良子は新大阪駅へ見送りにやってきた。
「うちよう考えたけど、やっぱり一緒に東京についてゆくで」
「なんだって」
「だから、武と東京ものになるんや」 
 よく見ると、良子はキャスター付のボストンバッグを引っ張っていた。膝上30センチはあろう超ミニスカートに真っ赤なハイヒール、普段すっぴんの顔に珍しく真っ赤なルージュを引いていた。
 新幹線の中で弁当を食べないので尋ねてみた。
「どうした?」
「あのさ、唇」と自らの唇を指差ししている。
「わからんか、ルージュやで」
「ルージュ?」
「だからめし食ったら、剥(は)げてしまう」
「塗り直せばいいだろう」
「あほぬかすな、東京駅に着いて、東京ものに笑われたらどうするんや、なんでも最初が肝心(かんじん)なんや、一発きちときめてみなあかん」
 と結局東京までの新幹線の中で飲まず食わずを決め込んだ。
「よくお前のとうちゃん、東京行OKしたな」と尋ねた。
「家出娘に転落や!」
「ええ・・・」
「家出してきたのか」
「そ、家出してきたんや」
窓の外に富士山が見えていた。
「うち、一生懸命働くさかい、武とこいさせてな」
「それはいいけど」と武は言ってみたものの、良子と暮らせる自信がまったくなかった。
「お前、他に東京に知り合いいないのか」と聞いてみた。
 良子は人差し指を真直ぐ武に向けていた。
「ここにおるだけや」
「そうか」
「がっかりしたんか」と良子は不安そうな顔でいった。
「まあ、どうにかなるさ」と武は口癖(くちぐせ)をいった。
 かまやつひろしというシンガーがいる。
 その彼が歌った『どうにかなるさ』という曲がある。武藤武の愛唱歌だ。
 事或(あ)る事にこの曲の歌詞とメロディを思い出す。
「そや、その粋や、そのうちいい事あるで」
「なんだよ、いい事て?」
「ヒ・ミ・ツ」とルージュを引いた唇の前で指を一本立てた。
 神奈川の南部線沿いに2DKのアパートを借り、良子と暮らし始めた。
もちろん男と女である。
くっつくまでに時間は掛からなかった。
良子はアパート近くのスーパーのレジのパートを見つけてきて働き出した。
暮らし始めて三ヵ月後には美香が妊娠した。
武藤家だけを集めて暮れに祝宴と籍を入れて二人は結婚した。
良子は実家から勘当同然であった。
「おいら誰も呼べんわ、とうちゃんにだはんこいて開いてもらった店ほうりだしてきてもうた」という経緯(いきさつ)があった。
いまでも武はあの「ヒ・ミ・ツ」が何であったのか本人から聞きたかったが、とうに良子はスーパーの社長井上勝と駆け落ちしてしまっていたので、聞くことはできない。
武と美香が二人だけの時、なぜ変な関西弁で会話をするのには理由があった。
「とうちゃん、かあちゃんもうええわ、あのとうりの鉄砲玉や、おいらがこの家のおかんになったる」と小学校二年生の美香がいった時からずっと二人は関西弁で会話するようになった。二人とも生まれも育ちも生粋の東京にもかかわらず。美香は口で言わないが、子供なりに良子の代わりをしようとした。それに答える唯一の方法は武も関西弁で答える事だけだった。母親が自分を捨てていなくなった。どれだけ辛(つら)かっただろうか。女のようにめそめそする武を励ますために、気丈(きじょう)にも美香は涙することもなかった。それどころか、翌日から台所に立ち朝食の仕度を始めた。
 あれから十年経つ。
 武は時々美香に良子の面影を見出す。
 今でも狭い部屋で布団を並べて寝ている。
 武は幾度(いくど)か美香の寝言を聞いた。
『かあちゃん、もうええわ、帰ってきていいわ、許したる』

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