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2011年3月21日 (月)

108物語 「セカンドラブ」

 私は誰にも知られなていない部屋を借りていた。

 前島正孝との十年におよぶ結婚生活に終止符を打った時、すぐに両親が住む静岡に戻るつもりは無かった
 都内に1DKの小さなアパートを借り、前島のマンションから身の回りの物を運び入れた。
 いざ前島のマンションから出る日、父が倒れた。
 母一人にするわけはいかないと、取るものも取らず、実家にそのまま戻った。
 総合病院の外科外来の待合室で腰を掛けるには、あまりにも固いソファーで母と二人で待っていた。
 何を待っているのか、時々不思議な疑問が沸き起こってきては、消えていった。白い壁と白い服を着た同じような格好の多くの医療従者がせわしなく、廊下を行き来していた。
 消毒のアルコールで満たされた診察室で、母と共に老齢の医師より、父についての告知を受けた。
「もって1年、延命措置を施した場合ですが・・・」
 父は『骨髄異形性症候群(MDS)』という血液の病気になっていた。
「助かるには・・・」
 母は嗚咽しながら医師に尋ねた。
「骨髄移植が必要です」
「つまり、骨髄を提供してくれる人が必要ということですか」
と私はいった。
「須藤さんは還暦を越えたばかり、まだお若い、もし適合するドナーが現れれば、生き延びる可能性もある」
 医師は黒縁のセル眼鏡を斜めにして、父のレントゲン写真を眺めていた。
『ドナー』と私は頭の中で繰り返した。
「最初に肉親の中から、適合条件にあった提供者を探します、それで適合者がいない場合、ドナーバンクから適合者を探すことになります」
 医師はなにか事務的な書類を読んでいるように説明した。
「白血球の型が合えばということになります」
 母は他人、娘の私ならば、父と適合する確立は高いと医師はいった。

 病室のベットには変わり果てた父が、軽い鼾を発て寝ていた。
 やせ細った身体が痛々しさをさらに感じさせる。
「おとうさん」
 と私は知らずのうちに、母の手を強く握り締めいていた。
 長い年月、私の中で眠っていた疑問が改めて眠りから覚めようとしていた。

 病院から実家に戻った私は、元夫に電話を入れた。
「和子か、おとうさんどうだった」
 あいもかわらず前島は私に無関心であるけど、父への哀れみかそんなふうに尋ねてきた。
「骨髄の病気、もう長くないって・・・」
 前島に父の病状を説明すると、何が悲しいのか、涙が自然と零れてきた。
 手は今にも携帯電話を握りつぶそうとしていた。
 きっと悔しいんだ、と気がついた時、別の考えが浮かんだ。
 ほんとうに、それができるのだろうか・・・?
「あなたにお願いがあるの・・・」
「なに?」
「明日、東京へ戻るわ」
 と前島和子は答えた。
 翌朝、和子は新幹線で東京へ戻ると、前島の勤務する産婦人科へ向かった。
 前島は産婦人科医である。
 応接室で夫と久しぶりに向き合うと、和子は向かいに座る男を知らないと思った。
 和子が一緒に暮らしていた男、あのマンションにしか存在していなかった。
 白衣姿の前島も写真でしか見たことはなかった。
 せめても子供でもできていればと思ったこともある。
 前島に外に女がいると気がついたのは結婚して間もなくのことだった。
 時々、出張で札幌や大阪に前島は二三日留守にすることがあった。
 前島の書斎で女からの手紙を何通か見つけた。
 読むつもりはなかった。
 明らかに女の睦言が並べられた文面だった。
 そしていつも出張にその女が同行していることも知った。
「あなたが言った、離婚の条件、私決めたわ」
 と和子は前島にいった。
「条件・・・」
 前島は明らかに警戒した表情を浮かべた。
「赤ちゃんが欲しいの・・・」
「赤ちゃん・・・」
「あなたの精子と私の卵子で、赤ちゃんを私に授けてください」
 きっと私はこれをずっと言いたかったのかもしれない、と思った。
「何を急に言い出すんだ」
 明らかに前島は怒りを表情に浮かべた。
 そんなことはどうでもいい・・・
「一切、あなたに迷惑はかけない、それが私の条件」
 と私は言い切った。
 私の決意は変わらない、私はこれから授けられる子供と共に生きて行く、それがあなたにわかって欲しい、貧しくても、悲しくても、すべて受けう入れて生きて行く、それが和子の決意。
 前島は呆然とした顔で私を見ていた。

 人工授精の処置の後、私は誰にも知られたいないあのアパートで暮らし始めた。
 前島からもそして、母からも姿を消した。
 一ヵ月後にアパートから近い産婦人科を受診した。
 妙齢の若い女医だった。
「シングルマザーになるつもり」
 真っ赤唇、明らかにレズビアンであることを隠さない、島崎まなみ女医は私を問い詰める。
「生まれた自分の子供と二人で生きる、それが問題ある」
 私は少し挑発ぎきみに彼女に答えた。
「いいわ、それはあなたが選ぶ道、でも私は勧められない」
 何を彼女が言いたいのか、和子にはその当時わからなかった。
 私の心の奥底を彼女は見え透いたのかもしれない。
 十月十日後のその日、島崎まなみにより和子は男の子を取り上げられた。
「元気な男の子よ」真っ赤な鮮血に染められたゴム手袋の向こうで、まなみはこう言った。
「白血球の型を静岡の○○病院の門松外科医師へ送り、須藤巌と適合するか確認して」
 とそう和子は言うと気絶した。

 コーヒーの匂いがした。
 狭い部屋、低い天井、ベットの横、ベビーベットに私の赤ちゃん、キッチンに島崎まなみがジーン姿にトレーナのラフな格好で、赤ちゃんのミルクを作っている。
 和子はここが自分の借りたアパートだとわかった。
 振り向いたまなみが笑顔で近づいてくる。
「ようやく気がついた?」
「ええ、どうしてここに」
 と尋ねられずにいられなかった。
「私はあなたのこと全部調べたの・・・」
「和子とまなみの興味深い共通点がわかったの、聞きたい?」
「ええ」
「同じ男に捨てられたということ、前島は私の学生時代の男」
「前島の奥さん、前島の赤ちゃん、こんな偶然があるのかしら、運命て残酷ね」
 まなみは私に顔を近づけ、唇を重ねてきた。
「同じ男に傷けられた者どうし、よかったら一緒に生きて行かない」
 和子は簡単に答えられないと思った。
 まなみは思いだしたように、
「おとうさんと白血球4/6で一致したそうよ」
「一致」
「そう、あなたの赤ちゃんはおとうさんを助けられる・・・」
 それだけで十分だった。
 和子は自分からまなみの小さな顔を捕まえ、唇を奪った。
「ここで暮らす?」
 とまなみはいった。
「私、いびきうるさいよ」
「じゃベットルームが二つ必要ね」
 と和子は自分から積極的にまなみをベットに押し倒した。

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