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2011年1月30日 (日)

108物語 『終わらない夜』

 俺は私立探偵、高杉晋作。
 誰もが一度は聞いた覚えのある名前だ。
 歴史上の同姓同名の男とまったく関係がない。
  俺は今、尾行の真っ最中である。
 
 新宿駅の構内は帰宅途中のサラリーマンで溢れていた。
 俺の頭をイライラさせるたくさんのノイズが俺に襲ってくる。
 唯一の救いは、夜空は今まで見たことがないほど、雲がどこかへ引っ越したように晴れ渡っていた。
 つまり今日はスターダストを見れる絶好のチャンスなのだ。
 『そんなことはどうでもいいことなのだ・・・よくわかっている』

 紺のオーバーコート、ネルのボルサリーノ帽、そしてレイバンの黒ふちサングラス。
 本人は変装をしているつもりだろうが、どうみてもアメリカの50年代のギャングスタイルだ。
 男は35歳、IT関連の企業を経営する。
 つまり社長さんということだ。
 ネットで検索すると、ヒットするぐらい有名な御仁である。
 28歳で創業して、これまでに創った会社20社あまり。
 グループ全体で1000億の売り上げがあるという、だがいづれも非上場の企業ばかりだ。
 そして、いづれの企業も男がオーナーである。
 すでに男は公人である。
 社会的な責任を負う義務を背負っている。
 だが、男は一切プライベートを公開していなかった。
 いくつかの有名新聞と週刊誌がインタービューを試みたが、男は断ったという。
 謎が謎を生み、よからぬ噂さえ立った。
 もちろん『成り上がり者を誹謗する』やっかみであることには違いないが、世間は男の素性を知りたいという欲望には勝てない。
 だから、俺みたい三流探偵に依頼も来る事もある。

 どうみても秋葉原に立っているメードカフェのメードの格好をした、目がくりくりとしたマリーという女が俺の事務所を訪れたのは、昨日のことだ。
「あのね、あたいお兄ちゃんを探してるの・・・」
 とマリーは色あせた一枚の写真を胸元から取り出した。
 俺は久しぶりに人の温もりを写真から感じ取りながら、写真に写る学生服の男を凝視した。
 当たり前であるが、『まったく見知らぬ男だった』
「こちらと比べて」
 とマリーは雑誌から切り抜いたらしい、写真の切り抜きをスカートを捲り、ガーターベルから取り出した。
 あまりにセクシーなので、応接テーブルから俺は、はしたなくも身を乗り出してしまった。
 マリーはそんなことにおかまいなく、
「この切抜きの男と似てない」
 と天使のように目をくりくりとさせた。
 確かに、切り抜きの男はマリーの胸元から取り出した写真に写っていた学生服の男に似ていた。
「この男がマリーさんのお兄さんですか」
 と俺は尋ねた。
「それを調べて欲しいの」
「今どこにいますか」
 あきらかに、マリーはくりくりとした目を細め、一挙に不審そうな表情を浮かべた。
「探偵さん、テレビ見ないんですか」
「テレビ?」
「連日ワイドショーでやってるわ」
「はて、テレビを見ない主義なので」
 と俺は言い訳を言ったが、実は、テレビはすでに質草でとっくに流れていて、テレビを見ることは適《かな》わないのである。
「そう、新人女優の秋元祐樹と駆け落ちして、今捜索願いがでているのよ」
 なるほど、なんとうらやましいことを・・・と俺は、記憶にある秋元祐樹を思い出した。
 すらりとしたスレンダーなボディに豊満なバスト、そして美の女神を彷彿させる美貌が脳裏を過《よ》ぎった。
「警察が捜索しているのでは・・・」
 と俺は言ってみたが、ほとんどそれが無意味なことをいやというほど知っていた。
 捜索願いというのは警察にとっては、かなり優先度が低い仕事である。
 誘拐事件、殺人事件など世間の注目度が高いほど、組織は動きを加速させる。
 失踪事件などたくさんの仕事を抱える、一捜査官にとっては書類を作って終わりの仕事でしかない。
 だが、今回の失踪事件は違う、稀代のIT寵児と将来を嘱望された新進気鋭の新人女優、世間の注目も高い。
 手柄を立てたがる刑事が必ずいる。
 猟犬のように人の狭間に隠れこんだ、失踪人の匂いをかぎ分ける。
 目は血走り、己が出世だけを信じ、仲間さえ裏切る奴がいる。
 俺は、そのような輩をたくさん知っている。
 すでに、マリーの兄は彼らの執拗な追跡にあっているに違いない。
「お願い、探して、私・・・いやな予感が・・・」

 俺は、彼女の表情の中に現れた黒い塊を見逃さなかった。
 それが何でるのか、まだその時は知る由もなかった。

「それで、探偵さんて時給いくらなんですか」
 とマリーは実に世間知らずな質問をしても、屈託のない笑顔を俺に向けていた。

「今回は成功報酬といいたいところですが・・・」
 俺は昨日から胃袋に何も入れていないこと、そしてたぶん財布の中には小銭にしかないことを、改めて思い出した。
「前払いで交通費3万円、見つけた場合成功報酬とした30万円、もちろん前払いの交通費をさっぴいて下さい」
「あら、そんなに安くて大丈夫なの」
 とマリーは不安そうな顔を浮かべたが、横に置いていた小さなポーチを取り出し、
「現金はいま持ち合わせがないけど、このカードを使ってください」
 マリーはブラック色のカードを俺に手渡した。
「無制限にお金が下ろせるはず、暗証番号1009よ」
「1009」と俺は暗証番号を繰り返し、そしてブラックカードを受け取った。
「無制限・・・」
「ええ、兄を見つけられるなら、安いものよ、探偵さんは千里眼の能力があるんでしょう」
 誰にも言った事のない、俺の超能力。
 マリーは応接テーブルを挟んで笑みを浮かべていた。
「兄は未来を見通せるの、つまりあなたと同じ超能力者よ」
 俺は何も聞くつもりはなかった。
 マリーも何かの超能力者に違いない。
「そのとうり、私は人の心が読めるのよ」
 俺は次の瞬間、何も考えないように心がけた。
「無駄よ、何も考えない人間なんて会った事がないわ」
 マリーがどんな人生を歩んできたのか、俺は知るすべがなかった、向かいに座る女は人の心をずっと知りながら生きてきた。
 俺ならば、気が狂いそうなこともじっと見つめてきた。
 それだけでも驚嘆に値する。
「兄を見つけたら、この携帯から私に連絡を入れて」
 とマリーは見たこともないアルミ製の携帯電話をポーチから応接テーブルに置いた。
「発信ボタンを押せば、すぐ繋がるわ」
「それじゃ、探偵さんお願いね」
 とマリーはまたくりくりした目で愛くるしい表情を浮かべた。
 俺は再び何か黒い塊を見た。

 俺の超能力はある切欠によって、初めて発揮される。
 千里眼とは遠くにある景色を見る能力である。
 その能力に気がついたのは、もうずいぶん昔のことである。
 詳細は割愛する。
 兎に角、その千里眼を発動する時が来た。
 俺はブラックカードを握り締めたまま、久しぶりに川崎の堀之内へと向かった。

「お、探偵久しぶり」
 とソープランド『かぐや姫』の剥げ頭にちょび髭の店長は不思議そうな顔で俺をじろじろと見た。
「あれ、それに見えるは・・・」
 店長の目に入ったのは、もちろん俺が握り締めるカードである。
「Mariko Maezwa、だれだ?」
 店長はカードに印字された名義を確認した。
「かっぱらてきたのか」
「いや、預かったきた」
 俺はきっと優越感さえもって答えたに違いない。
「まあいいか、誰にする」
「愛かリカかな」
「残念、二人とも明け」
「ええ、だれが今いる」
「法子ぐらいかな」
「ええええええ、ありえない」
「なんだと探偵」
 俺は嫌な殺気を感じた。
 ネグリジェ姿の相撲取りを連想させる巨体が俺を羽交い絞めにしたまま部屋に担ぎこんだ。
 身包み剥がされ、浴槽に放り込まれた俺は、スイカを連想させる乳房で湯船に沈められ、男の大事なところを激しくしごかれた。 エレクチオンの瞬間、湯船に白濁した液が広がるのと同時に、高層ホテルの一室に両手両足をロープで縛られ、猿轡《さるぐつわ》でしゃべることもできず、ベットに横たわる秋元祐樹を見た。
 プラザホテルとレターセットがテーブルの上にあった。

 『かぐや姫』を後にした俺は、幾分ひりひりする股間を押さえながら、新宿のプラザホテルへ急いだ。
 部屋の窓から見えた景色で俺はすぐ北側の7階の廊下に急行するつもりだった。
 だが、そんな必要はなかった。1階のロビーにその男がいたからだ。
 男は例の格好でロビーに備え付けの椅子で、背広男と何か話していた。
 俺はロビーに備え付けの新聞を見ながら男が動くのを待った。
「それじゃたのんだぞ」
 サングラスの男は背広の男に念を押すと玄関へ向かった。
 俺は秋元の捕らわれている部屋に行くべきか、男を追跡するべきか一瞬躊躇したが、サングラスを追うことにした。
 回転ドアの玄関を出ると、コートなしではいられないほどの冷気が頬を撫ぜていった。
 サングラスの男に近すぎないように距離を保って尾行した。
 男は新宿駅に到着すると多摩方向へ向かう京王線のホームに向かった。

 俺は、今晩誰に得意のスターダストの話をするのか、そんな事を考えていた。
 まだ夜は始まったばかりだ。

(続)

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2011年1月 9日 (日)

108物語 『裏木戸を開けて』

 その家を訪れるのは初めてでは無かった。
 水上正樹≪みなかみまさき≫は玄関で家人に訪ないを入れた。
 人が現れるまで、水上は玄関の小窓を通して見える庭園の一角をぼんやりと眺めていた。
 やや時を置き、紺の藍染らしい絞の着物を着た妙齢の女が現れた。
「水上様、主がお待ちでございます」
 ゆったりした腰つきの女に従い、水上は庭に面した廊下を進み、ちょうど中央の和室に案内された。
 女は部屋の前で傅くと、襖越しに、
「水上様です」
 とやや控えめな調子でいった。
「入りたまえ」
 としわがれた声が部屋の奥から聞こえてきた。
 部屋の中央に床が敷き延べられていた。
 床の中に眼鏡を掛けた白髪の老人が丹前を肩から掛け、布団に新聞を広げて座っていた。
「失礼します」
 と水上は一礼すると部屋に入り、老人の右脇に正座した。
 部屋中が線香の匂いで充満しており、水上は床の間にある仏壇からの白煙が目に止まった。
「毎朝新聞の記者と承ったが、この老いぼれに何の用でござる」
 老人は枕元の盆からガラスの水差を取り、ガラスコップへ並々と水を注ぎ入れた。
 口元へコップをゆっくりと運ぶとごくりごくりと喉を潤した。
 紺絞の女は一度頭を下げ、障子を閉め終えると部屋を去っていった。
「三十年前のお話をお聞きに参りました」
「三十年前・・・」
 老人の目は私を捉えるでもなく、何かに怯えた少年のように障子から立ちさった女を求めているようであった。
 老人は漸く事態を飲み込めたらしく、ガラスコップを持つ手が震えていた。
「前野銀蔵≪まえのぎんぞう≫という男をご存知で御座いましょうか」
 老人は改めてコップからごくりごくりと水を飲み終えると盆に無造作にガラスコップを置いた。
 老人の額には苦渋を表す皺が一重二重と現れ、急に眼窩が窪んだようにも見えた。
「はて、その御仁はどなたであるか」
 水上の想像していたとおりの返答であった。
「そうでございますか・・・それでは鈴木京子という女を知りませんか」
 老人の目が激昂したのを私は見逃さなかった。
「その女の息子が私でございます」
 と水上はいった。

「それでは、私の記憶する・・・あの日についてお話させてください」
 老人は何を話すでもなく、目を瞑ったまま頷いた。
「あの日は確か、夏の昼下がりだと思います。あたり一面を覆いつくす太陽の光が眩しく、薄目を開けて歩いていました。
 坂道をしばらく登った所に聳え立つお屋敷の裏まで、母に手を引かれて行った記憶があります」
 老人は胸の前で腕を組むとまるで眠るように頭を下げ、私の声を聞き逃さないようにしているようだった。
「広いお庭が垣根越しに見えました。
 竹垣の切れ目に瓦屋根をあしらった木戸があり、そこから庭に入りました。庭へ続く石田畳の向こうに、和服姿の男がおりました。
 母は男に駆け寄り、何か言い合いを始めました。
 私は母に庭の池の所に隠れていなさいと命令されていまいた。
 だから、庭の松の木陰から母と男の様子を伺っていました。
 そこに別の男が現れました。
 母と言い争っていた男よりずいぶんと若く見えました。
 和服の男が現れた男をひどく詰りました。
 詰られた男は和服の男に掴み掛かり、しばらく争っていました。
 その内庭に倒れこみ、男は和服の男へ馬乗りで殴り続けました。
 最後は和服の男は身動きしなくなりました。
 母は泣き崩れ地面にひれ伏していました。
 その母の身体を男は抱えるように奥に消えました」
 和室の外に人の気配があった。
「それっきりでございます。後にも先にも、私が母を見たのはそれが最後でした」
 老人はしばらく沈黙の後、割目した。
「そうですか、京子のご子息でございましたか・・・」
「前野は私の秘書だ。たぶん私の考えでは、水上さんあなたは前野の息子になる」
『ついに私は真実に辿りついた』と予感した。
「だが・・・」
「だが、なんでしょう」
 と私は尋ねた。
「私の種かもしれない・・・」
『どういうことだ・・・』
 私は脳天に何か重いものが急に乗ったような感覚があった。
「京子は私の妾であった」
「妾?」
「前野は京子の元へ私の使いで何度か訪れ、横恋慕したようだ。
 それを私は知って、京子に暇を出した。
 暫く音沙汰名が無く、三年後に再び京子が現れた。
 俺の子供が生まれたから手当てを寄こせと言って来た。
 もちろん断った。
 だがその糸を引いていたのは前野だったらしい。
 前野と京子は密かに同棲していた。
 前野に別の女ができ、前野は京子を捨てる前に、俺から金をせしめる事を考えたようだ。
 そして君が見たような事が起こった。
 俺をいいだけ殴り倒して、それっきり前野はここから消え失せた」
 老人の眼から涙が零れるの見取った。
「母、母はいづこに・・・」
 と私詰問した。
 その時、襖がするすると開いた。
 和服姿の白髪の老女が傅いていた。
「息子さんだよ、京子さん」
 廊下に一滴≪ひとしずく≫、一滴水滴が落ちるのは錯覚ではなかった。
 老女はきっと顔を上げると、
「私は三十年前に息子と死別いたしました。
 と今日までそう言い聞かせてまいりました。
 突然、俺が息子だという者が現れようと、一切その気持ちは変わりません。 どこぞのお人、一度きりしかいいません。
 物貰いなどの類でこの家に足を踏み入れる事は、今後二度と無いようにお願いいたします」
 と老女は言い終えると廊下にひれ伏した。
「水上さんとやら、あいすまんがあの裏木戸からまた現実の世界へ戻ってくれぬか、これが老いぼれの頼みじゃ・・・」
 と老人も床から抜け出し、水上に縋り付くように頭を下げた。

 水上は言われるまでのもなく、庭の石畳を裏木戸を目指した。
 後ろから足音が近づいてきた。
 先ほど案内をした女だった。
「やはり正樹様でございましたか、妙《たえ》でございます」
 と女が言った時に、水上はすべてを理解した。
『兄上様、私が妙』と女は言うべきであった。
 妙は父が違う事を、敢えていってしまったのだ。

「私を連れて行ってください」
 女は哀願した。
 水上は振り返る事もなく、
「妙さん、この木戸の向こうは魑魅魍魎が跋扈する地獄なんだよ、決してここから出てはいけない」
 と言うと、三十年前にそっと裏木戸から立ち去ったように再びその家を後にした。

 昭和28年3月28日付大阪毎日夕刊にこんな記事がある。
『地元入りした前野運輸大臣は演説中に、暴漢に襲われ出血多量の末、死亡が確認されました。襲った男は毎朝新聞の記者と名乗っている模様。大阪府警は、男の身元を調査中』

(了)

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