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2009年12月30日 (水)

ブルースを忘れる頃 1-4

 4.火の國

「やっぱり」
 と若菜が旅客席が犇くスーパージャンボの通路でミニスカートからすらりとした足首を見せびらかせていた。
 ボスの娘と判っていたら手を出さなかったかもしれない。
 だが男と女だ、先がどうなるかなんてお釈迦様でもわかるめえ。
 と僕は少しにやけた顔をしていたかもしれない。
 キャビンアテンダントに食らい付いて僕の横の席に移動してきた若菜は、僕の腕に自分のいかにも華奢な腕を回す事に成功するといつしか眠りについた。
 鹿児島湾を眼下に望むとその真ん中にぽっかりと穴の開いたように桜島が鎮座する。
 数多くの若者が太平洋戦争の末期に同じような景色を眼下に旧鹿児島空港を飛び立った。
 鬼畜米英を倒すために・・・どうだろう今は米国51番目の州、その屈辱の下でどうにか生かされているという事を彼らには話せない。
 白い噴煙棚引く桜島から鹿児島空港に降り立った時にはすでに辺りは夕闇に包まれていた。
 空港の不統一な光の明滅があちらこちらから僕に向かって来ていた。
 空港の入り口でタクシーに若菜を押し込め、予約しているホテルに向かわせた。
「いつまでも起きて待ってるから」
「ああ、待っててくれ」
 僕はもう一台タクシーを捕まえ、そしておじきから預かった桜島の絵葉書に書かれた差出人の住所を運転手に差し出した。
「遠いですよ」
『鹿児島県鹿児島市大竜町10XXXXアパート201号室』と記入されていた。
「高速を使いますが」
「お願いする」
 と僕はそのまま九州自動車道に乗り入れたタクシーのバックシートで軽く仮眠を取った。
 長い夜になりそうな予感があったからだ。
 よくあるアパートの構造だ。
 鉄製の階段を上った最初のドアが訪問先だった。
 部屋のドアに張り紙が掲げられていた。
『通夜は横の〇〇会館です』と書かれていた。
『?』
 佐々木と陶器の表札が掛かっていた。
 部屋の様子を窺がったが明かりも無く、不在らしい。
 僕は張り紙に書かれていた葬祭会館へと向かった。
 玄関に佐々木雄三葬儀とあった。
 受け付けの係りに東京から今訪ねて来て、佐々木氏の逝去を知った事を告げた。
 五十を超えた喪服の婦人は一旦中に消えると一人の若い娘・・・どこかであったような・・を連れ戻ってきた。
「どちら様でしょうか」
「東京の唐沢の使いできました」
「唐沢様の」
 僕はそれで気がついた。
 佐々木とは名前を変えているが、おじきの兄弟分の今井雄三に違いないと確信した。
『人切り雄三・・・おじきと二人で今の組の土台を作った片割れじゃねえか』
「火の玉ボーイ!」
 と僕は思わず口が滑った。
「懐かしい呼び方ね」
 その娘はきらきらした瞳で僕をじっと見つめていた。

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ブルースを忘れる頃 1-3

 3.南州翁

 西郷隆盛という男がどういう男だったのか、僕にはよくわからない。
 たくさんの歴史家や小説家が書いているがどれが真実かなど関心はなかった。
 兎に角、僕のトランクの中にある「日本幻影図鑑」がどうして西郷隆盛、もとい「南州翁」へ続くかという不思議さを語る立場におかれようとはついぞ夢にも思わなかったのは確かな事である。
「まさ坊、ほんとうに手に入れてくれたか」
 おじきの病室は青草の匂いが漂っていた。
 妙に艶かしい感じがあの看護師に入れ違い様に感じた。
『おじきはまだ現役なんだ』とぼんやりと看護師を見送った。
「高いおねだり」と言いたかったが、トランクから巴紋の風呂敷包みのままおじきに古書を手渡した。
 しばらくおじきは食い入るように春画を眺めてからこう言った。
「噂は本当だった」
 僕にはその噂に心当たりなどなかった・・・
「悪いが、この本を持って薩摩へ行ってくれないか」
「薩摩?」
「ああ、鹿児島だ」
「鹿児島」
「まさ坊、この本をこうだ、水平にもって眺めて見ろ」
 ベッドの寝巻き姿のおじきから僕は本を受け取ると言われるまま、本を水平にして眺めた。
 幾重にも春画の表面をミミズが這ったのような線が走っていた。
 ちょうど何かを間に挟み、その上で字を書いた時にできる筆圧の跡そのものだった。
「この本は数奇な運命を歩んできたようだ」とおじきはあらためて僕から本を毟り取るとため息混じりに古書を嘗め回した。
「隆盛がよく島津公に春画を渡した事はある筋に詳しい、江戸で流行った春画は薩摩では手に入りにくかった」
『なぜお殿様がわざわざ春画など』と僕は言いたかった。
「命令書になっていた・・・」
『命令書?』
 僕はじっとおじきの説明に聞き入った。
 要約すると島津公には多くの徳川方の冠者が付きまとっていた。
 その多くは女中など身辺の世話をする全ての者が疑われた。
 女は春画を見られない。
 だからこそ「日本幻影図鑑」のおぞましき春画こそもってこいだったという。
 隆盛が島津公に呼ばれて遣って来ても所払いなどすることはなく、当たり障り内時候の挨拶ばかりだった。
 隆盛が去る時に必ず江戸からの土産として春画を島津公に手渡していた事実がある。
 次に島津公が隆盛に会うと以前の春画を隆盛に返本し、「新しいのを少々所望する」と言ったという。
 二人の間の通信手段であった事は明治になって島津家に出入りしていた者から噂になったが、彼らが通信手段として用いた肝心の春画は長い間陽の目に出る事はなかった。
 おじきの手の中で古書はミミズの這った跡を蛍光燈の明かりで微かな影を描いていた。
「鹿児島にこの本を探している男がいる」
「ああ、お前の人生に関わりのある男だ」
 今の僕には両親、兄弟、そして親戚と呼ばれる血の繋がりがある者はすでにこの世にはいない。
『人生に関わりのある・・・』
 おじきはベッドサイドの物入れの引き出しから手紙の束を取り出していた。
「これだ」とおじきは絵葉書を一枚僕に手渡した。
 錦江湾を望む雄大な桜島を撮った一枚だ。
 佐々木雄三と記入があった。
 僕にその男の心当りは無かった。
 やさに戻って、スナックの明美にしばらく旅に出ると告げると僕は羽田へ急いだ。
 空港ターミナルで鹿児島の観光地図と隆盛関係の案内書を手に入れた。
 西郷の号がその時「南州」という事を知った。
 何も知らない東京の虚飾に飾られたネオンを下に眺めながら僕は「南州翁」へ続く旅を始めたのだ。

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ブルースを忘れる頃 1-2

 2.日本幻影図鑑

 春画が一世風靡したのは江戸中期のこと、好色本が禁制となり闇で流通しだすと錦絵の技法を取り入れた極彩色の春画の多くが浮世絵士によって手がけられた。
 どの時代も人間というものは性へのあくなき追求をするものだ。
 糖尿病が悪化して入退院を繰り返すおじきの唯一残された趣味が春画コレクションたっだ。
「まさ坊、神田の本屋から新しいのが入ったて連絡があったらしい」
 僕が久しぶりでおじきの入院する病院へお見舞いに遣ってきた時の事だ、人目をはばかるようにおじきは耳打ちをした。
『あっちのほうはまだできやすか』と聞きたかったがぐっと喉の奥にしまい込んだ。
「新しいのとは」
 聞くまでもなかったが一応念のために確認した。
「なんでもよ北斎の幻影図鑑というすげえしれものなんだ」
 そう話すおじきの目が久しぶりに輝いていた。
「北斎?」
「ああ、あの東海道五十三次を描いた葛飾北斎の春画・・」と言ってから急におじきは口を噤んでしまった。
 僕は後ろを振り返ると看護師がちょうど入室しようとしていた。
「唐沢さん検温の時間です」
 どうやら噂はほんとうだったらしい。
 若くスタイルのいい女だった。
 いつも入院する病院を変えた理由は今やってきた看護師におじきがホノ字だという噂を聞いていた。
 本人から聞いたわけではなかったが、まさに百聞は一見にしかずで、おじきの態度で一目瞭然だった。
 おじきが猫を被ったように体温を計る姿ほどいじらしい姿はなかった。
 書店が立ち並ぶ道を進み、おじきがメモ紙に書いた拙い地図で僕はようやく一軒の書店に辿りついた。
 看護師におじきの実態を話したら、きっと一目散で逃げさるであろうと僕は一人思い出し笑いをしてしまった。
 まだ歩けない幼い子供を老婆がカウンターの上に両手で支えていた。
「かんた、かんた、ほら、ほら歩きな」
 まだ無理だろうと思ったが、丸々と肥えた孫は老婆に抱きつこうと必死ですがりつく。
 もし僕が彼であったならばこの恐怖は一生忘れないと呆然と立ちすくんで眺めていた。
 きっとこの老婆に対して恨みを抱くに違いない。
 もし大人になって記憶が残っていれば・・・
「あら、お客さん」
 ようやく孫をおもちゃにしていた老婆が僕の存在に気がついた。
「唐沢の使いで来ました」
 丁寧すぎるくらいに僕はお辞儀をしてから答えた。
「あら唐沢さんの」と老婆は孫を抱え奥に消えた。
 昼下がりのゆるい日差しがたった一人しかいない書店を蹂躙していた。
 僕は暗闇が好きだ。
 あらゆるものを照らし出す太陽が嫌いだ。
 わけなど特にないのかもしれない。
 がきの頃に殴られたのはたいてい太陽の下だ。
 気持ちいい事は闇の中にたいていあるぐらいはがきの頃から知っていた。
 母親が僕を外に出すのも昼下がりだ。
 見たことの無い男が上がりこんできて、母親と何か獣じみた行為を行う。
 夜になると母親がようやく僕を家に向かえ入れ、昼間の事を謝る。
 たくさんの料理や菓子が並ぶ食卓にはいつも僕と彼女だけだった。
 夜がすべてを与えてくれた。
 布団の中で母親の胸をまさぐり乳首を食いちぎるように吸い付くす、彼女が逃げないように・・・
 奥から腰がかなりいびつに曲がった老人が現れた。
 紫に巴の紋が描かれた風呂敷を抱えていた。
 よこらしょという具合に本屋やそれに付随する紙片が散乱したカウンターにその風呂敷は異物のように置かれた。
「唐沢さん、これですよ」
 小枝のような老人の指がきつく縛った風呂敷をあけると、古い建物に入った時にする特有なカビじみた匂いが漂った。
 春画などに僕は興味がなかった。
 背表紙が見事に真黄色になった本が一冊現れた。
 パラフイン紙という紙だろうか、昔、苦い薬を飲むために包んだオブラートのような紙に包まれていた。
 もうすっかり擦り切れて、ところどころに穴が開いている。
 僕は中を開けたい衝動に襲われた。
 おじきの興味がなんであるのか、それを少しでも垣間見ることができるかもしれない、と思ったのかもしれない。

 そこには本物と寸分たがわぬ女陰に極彩色の化粧を見事に施した女の艶やかな寝間の姿が描かれていた。
 紅色が見事に塗られ、今にも男根を咥えるようにぱっかりと口開いていた。

「おやじ、いくらだ」
 僕は急に何か見てはいけない物を見たざわざわとした感じに襲われていた。
「少々お高いですが、いつも御贔屓にして頂いておりますから、こんなところで」
 枯れた指の両手を老人は目の前高く差し出した。
「十万か」
 老人は不思議な顔で僕を見返した。
「二桁違います」
「二桁?」
 僕はおじきの魂胆がようやくわかった、おねだりをしたのだ。
 僕に一千万円など出せるわけがないと高を括ったのだ。
「小切手で支払うが」
「ええ小切手でもなんでも・・」
 老人は急に表情を崩した。
 僕はいつも手放さないアルミのトランクから小切手帳を取り出し、書店の老人の言い分の金額を記入して押印した。
 そして紫の風呂敷にもう一度しっかり包んた「日本幻影図鑑」をトランクの中にほうりこんだ。
 そのままどこかへ捨ててしまいたかった。
 この春画こそ幻影そのものだと僕はぎらぎらとした太陽の光を浴びながら確信した。

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ブルースを忘れる頃 1-1

 ブルースを忘れる頃
 
 第1章 日記
 
  1.神田神保町1丁目

 やくざと普通の人間の違いがどこにあるかをちょっと真剣に考えていた。
 通勤帰りの地下鉄の中で僕は酩酊したサラリーマンの中にいた。
 僕が見るからに弱弱しそうな青年に彼らは思ったに違いない。
「兄ちゃん、俺はよう万年係長様だ、どうだ参ったか・・・」
 たしかに吐く息がストレスが溜まった時に胃から込み上げてくる妙な匂いと似ていた。
「はあ」と僕はできるだけゆっくりと合図打をした。
 車内を埋め尽くす人々は我関せずを決めていた。
 たぶん僕は生まれたときからそんな態度ができない性分に生まれついたらしい。
「兄ちゃん、彼女いるか」
 何か物悲しさが漂う若禿の男だった。
『禿』という言葉が差別用語かは僕はわからない、ただこの男は明らかに自分自身で差別的な世界に住着いてしまっているらしい。
「三人ほどいます」正直に答えるしかない、かってに僕のアパートに転がり込んできたスナックの明美、分けありで面倒を見ている土木請負業の社長の未亡人、僕が所属する団体のボスの娘、いづれも週一以上肉体関係があり、そういう関係のある女を彼女といえば、三人と答えざるえない。もっとも月一、半年一、年一、オリンピックイアー一、とういう聞きなれない造語が存在するのであれば、ざっと百は下らない。
「なんだと、もういっぺん言ってみろ」
 普段抑圧された『心』、酒の力を借りて普段では考えられない行動を大人という生き物はつい取ってしまう。
 極道という生き方はどんな時でも自分を殺す修練をする。顔に唾を吐かれようが、自分を辱めるようなさげすんだ言葉を浴びせられようが・・・決して親の体面を汚すような無様な事はしない、すべては潔くあるべしと教わる。
「何度も答えるいわれはありませんぜ」自分でもぞっとする声音を決めた。
 周りにいた素人でさえ、その不気味さに気がつき、ちょっとした好奇心で僕を眺めていた連中が一瞬凍りつき、そして下を向いた。
 だが、彼らは酩酊していた。この世の春を謳歌していた。
 すぐ目の前に地獄がある事もしらずに・・・
 極道のことを暴力団とイコールと考える人がいるが、僕は違うと思う。
 極道とは字のごとく道を極めるために日々男に磨きを掛ける道を選んだ者達だ。
 暴力団は面白半分に週刊誌がでっち上げた造語にしか過ぎない。
「俺たちは暴力団だ」という暴力団があったらお目にかかりたい。
「兄ちゃん、ずいぶんのぼせた事を言うじゃねえか」
 三流のやくざ映画で聞いたような台詞を万年係長が吐いた。
「係長さん、一度吐いた唾は元に戻りませんよ」
 僕も三流映画の台詞で答えてみた。
「お前、次の駅で降りれや」
 一際背の高いスーツ姿が胸倉を掴もうと押し寄せてきた。
 軽く足払いでその巨体を汚れ、すえた匂いの鉄床に沈めた。
 一瞬のことで戸惑う二人の鳩尾に鉄拳を叩きいれる大人気ない事をまたやってしまった。
 ちょうど崩れる落ちたところで、神田神保町駅へ地下鉄は滑り込んだ。
 ようやく僕はやくざと普通の人間の違いをこう決めた。
 普通の人間が妄想で暴力を振るう自分を想像するが、やくざは妄想などしない。
 そこに大きな違いがある。
「おいお前たち、降りないないのか」
 捨て台詞を吐いて僕は古書で有名な神田神保町の地下鉄の駅に降り立った。
 おじきのおかしな趣味のせいと言ってしまえば、それまでだがたぶん人生最初で最後の場所へ向かうはめになっていた。
 このミステリアスな冒険の始まりはここからスタートしたのだ。

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