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2007年11月 4日 (日)

やさぐれ勝の恋 七

      七

「隆二じゃねか」銀蔵が入口の隆二を認めた。
 クラブ『再会』は水を打った静けさの中にあった。そもそも銀蔵を府中へ送った原因の一つが隆二が草鞋《わらじ》を脱いだ組にあると考えられていた。
「隆二そんなところで立っていないで中に入りな」
 とその子が花束を抱えたまま身動きできない隆二を店に誘《いざな》った。
 隆二は銀蔵のボックス席に足早に詰め寄るとフロアーにしゃがみ込み、
「親分、おめでとうございます・・」
「俺はここに来れる人間ではない、だが、一言言わずにいられない」
 クラブにいた子分等の顔の何れも怒りに似た表情を浮かべていた。
「俺は一切、親分の捕まった件に係わりがねぇ・・と言っても、信じられねかもしれない、あの日・・ちょっとした事で外へ出ていた・・」
「まあそんなとこに居ないで、ここにお座り」
 その子がボックス席に一人分の隙間を作った。丁度、銀蔵とはクリスタルガラスのテーブルを挟んだ位置だ。隆二はその子に花束を渡すと改まって、
「言い訳なんぞしません、俺は俺の生き方でそれを証明する・・」
「なに言ってやがる」と三治という蓮っ葉な若衆が横から口を挟んだ。
 銀蔵は片手を上げ三治の物言いを止めた。
「兎に角、隆二の言い分とやらをじっくりと聞こうじゃねぇか」
 勝はカウンターからじっと隆二の背中を眺めていた。一度は親子の盃を交わした者である。
「俺は組を割って出ます」
「お前の男を磨くというのはもう成ったとでも言うのか」
「まだ道半《みちなか》ばです。俺はどうも現代極道社会というものと水が合わないようです」
「何かい、水が合わねぇからといって、すぐに割って出るとはあまりにも辛抱が足りねぇのじゃねぇか」
「俺は親分から仁義の何たるかを教えてもらった。しかし、今の組には仁義の欠片《かけら》の一片さえありゃしない、そこで修行するのは意味などありゃしない」
「隆二」銀蔵が今までの温和な顔付きが一変した。
「この世の中にこれぽっちも意味の無ぇ事なんかありゃしない、雨がふりゃ傘を差す、その傘を作っているのは人だよ、そしてその傘を作って生きている者がいる、隆二、ほんとうに旨い具合に世の中というものは回っている、そこでどう生きようがてめぇの勝手だが、・・」
「辟易しちまった俺の心はもう限界をとうに越しちまった。若い馬鹿な女をキャバクラに落とし込み、馬鹿な客から金を巻き上げる、馬鹿な女達の末路はお決まりの馬鹿な男に捕まり、最期は野垂れ死に、通っていた馬鹿な男共はサラ金に金を借り捲くり、最期は破産宣告、家族も家も失い、駅を寝庫《ねぐら》の宿無しがお決まり、その道筋を付ける肩捧《かたぼう》を担《かつ》ぐどこに道を極める行き方などありゃしない」
「聖人君子のような世界など最初から無いんだよ隆二、どんな生き方をしようが、その中で全力で生きる、必ず明日がある、そう信じて、皆生きているんだ」
「確かに明日が何か良いことがあるかもしれねぇ、だがそれに満足なんてできないんです。銀蔵親分」
 隆二はすくっと立ち上がると、自らを鼓舞するように、
「俺は俺がいいと思うような組を創りたい、誰にも後ろ指を差されねえ、一点の曇りもないあの青空のように誤魔化しがない世界をこの手でこさえたい」
「そんな綺麗事ができる訳がねぇ」とまた三治が横槍を入れた。
「三治、お前は黙っておれ、隆二、よくあいわかった。これからどんな事になろうが、俺はただの傍観者になろう、そしてお前が本当にそれを成し遂げた時、俺は認めてやろう、初代今岡組組長、今岡隆二を・・」
 隆二は頭を垂れ暇《いとま》を告げるとカウンターの勝を認め遣って来た。
「兄貴、お騒がせしやした。この通りです」
 と再び頭を垂れ、スーツの内ポケットから祝儀袋を取り出した。
「些少ですが納めてつかあさい」
 どうみてもその厚みは百は下らないようだった。勝は一度銀蔵を見ると銀蔵は軽く首を横に振ったのを見取った。
「隆二、気持ちは確かに受け取った。お前の門出だ博徒にとって出銭は縁起が悪い、それを納めてくれ」と勝は言った。
 銀蔵の出所祝いに駆けつけた隆二の馬鹿者も銀蔵の気持ちも全部、勝は手に取るように判った。これから何かと物入りの隆二にとってその金は決してはした金どころではない、命を振り絞った末にやっと手に入れたものに違いなかった。
「すまねぇ」と隆二は祝儀袋を胸元に納めると店を出ようとした。
「ちょっとお待ち」とその子が呼び止めた。
 その子は両手に火打ち石を携えていた。
「あんたの門出だ。さぁ」とその子は火打ちをカチカチと打った。
 隆二がクラブを後にしてから勝は銀蔵の席に呼ばれた。
「あいも変わらず馬鹿な生き方しかできねぇ奴だ。勝、俺はちんけな渡世にあいつを出したつもりはこれっぽちもねぇ、これからあいつが何をやるか手に取るように判る。あいつが五体満足のまま人生を送って欲しいと思う、
あいつの行き先は決まっている。そこへ行ってどうか治めてくれ、そして、三治、お前にはまだ盃を授けていない、しかし、おれはお前を旅に出そうと思う・・隆二のところで男になれ」
『ああ、と勝は思った。一度は傍観者と言った銀蔵だったが、やはり・・』
 勝は三治を従えその子のクラブを後にした。
 カウンターに残った、銀蔵強力衆の本村正次郎が「川崎に血の雨が降りやす」とため息をついた。

 秋の寒々とした町並みに薄ぼんやりとした月が雲間から覗いていた。
 銀柳街からわき道に入った所にその組事務所があった。 
 入口に白のダブルスーツの隆二が現れたのは既に夜十時を回っていた。この金看板が入口にある組に隆二は五年ほど草鞋を脱いだ。この組の歴史は古い、戦前から一代で築いた伝説の博徒がいた。しかし、もはや往時の任侠道は廃れ、その暖簾《のれん》は名ばかりとなり、今では上納金集めに躍起となる大小様々な組を締め付けるだけの組織としての機能があるだけだ。入口に組長の送迎に使う黒のジャガーが道を堰き止めるように駐車していた。
 事務所に当番の若衆が三人いてテレビを見ていた。
「お疲れさんです」と三人が起立した。
「おやっさんはいるかい」
「へい、客と一緒に奥にいますぜ」
「客?」
「署長と若い女です」と髪を真っ赤に染め、耳にピアスを着けた若衆の一人が答えた。
「若い女?」
「こ一時間ほどなりますか」
「それが、妙なんです・・茶を運んだ時、女が組長の机にいました・・」
 隆二はいやな予感がした。
 隆二は奥の組長室へ向った。
 微かに人の話声が聞こえる。
 何度か会った事のある警察署署長の声のようだ。
 話は途切れ、途切れのように聞こえた。
 それはまるで独り言のようでもあった。
 隆二はそっとドアに近づき聞き耳を立てた。

 ドアを開けるとすぐに虎の水墨画をあしらった屏風がある。
 部屋の床は厚い高級ペルシャ絨毯が敷き詰められ、調度品のどれもマホガニーの家具で統一されていた。遮光性の厚手のカーテン生地が外の明りを一切遮っている。
 綾子はこの部屋で一際重厚な雰囲気を与える一枚板の机にいた。
 しっかりと握り締められた拳銃の標準が二人の男に向けられていた。
 スタンドランプだけが灯されていて部屋全体が暗闇のようであった。
 綾子の手にある銃は警察支給のリボルバーではない、イタリアのベレッタM92である。
「お前が・・」憔悴しきった署長はネクタイを緩めきった姿で黒革の応接椅子に座っていた。その隣に胸元から赤いハンカチーフが覗く黒のスーツに身を包んだ男がこの組の組長西岡一雄だった。
「それで殺したの・・」と綾子は銃を持つ手が思わず震えた。
「署長よ、あんた仇持《かたきも》ちかよ」
 西岡組長は他人事のように言い放った。
 今夜、綾子は署長をこの組事務所に来るように連絡を入れた。何度か脅迫めいた手紙を送りつけた。署長の泉重一《いずみしげかず》はその送り主が自分の署のそれも婦人警官とは思わなかった。組長室に入るなり拳銃を構えた綾子がいた。組長と遣って来たという。
 女は函館の事件を知っているといきなり泉に話した。
『そんな馬鹿な話があるか、すでに・・』
 泉は心の奥に隠し続けてきた昨日が突然顔を出した思いがした。
 ドアの外に隆二がいる事を綾子が知る訳がなかった。
 そして西岡の組事務所の前に三治を従えた勝が漸《ようや》く到着した。
 勝は確信していた。
 今晩、ここで何かが起きる。
 それはこれまでじっと地中で眠っていた蝉《せみ》がやっと幼虫から成虫へと変わる時が遣って来たのだ。
 一発の銃声が事務所の中から夜空に向け鳴り響いた。

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