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2007年10月 7日 (日)

やさぐれ勝の恋 五

      五

 話を元に戻そう・・
 銀蔵が懲役を終え、その子がやっているクラブで出所の祝いを行うこととなった。
 川崎駅からさいか屋の裏側に堀の内辺りまで続く銀柳街がある。戦前、古川という川岸に柳が生い茂る川が流れていた。市が雇用促進を兼ねて川が埋め立てられた。両岸に生い茂っていた柳が商店街の有志によって守られた。それがいつしか銀座という東京の繁華街と柳を掛けて『銀柳街』となった。とても銀座とは比べられないが、彼らの願いが川崎第一の繁華街に発展した。そこから仲見世通りを抜け、ソープ街が続く南町の外れに飲食店が雑居するビルがあった。その子のクラブはその中にある。その子は赤坂で芸者をやっていたと勝は聞いた覚えがある。この生業の者の女房は、ある日、男が懲役に行く、ある意味、契りを交わした時から約定となる。つまり普段『姐さん』と呼ばれる女房連中は旦那の稼ぎを当てにはできない。いかんせん水商売から身体の売《ばい》までやってやさを守る。旦那の帰りを一人で待つ、それ故に男は徹底的に女を大事にする。だから、頭が上がらない。
 男もシャバでかわいい女房が待っていると考えると辛い懲役も我慢ができる。
 その子は銀蔵と所帯を持った時から、水商売を生業《なりわい》としてきた。六年前に銀蔵が再び懲役が決まった時、預かっている子供だけでも二十人を超えていた。預かるとは正式に盃を与えていない未成年ばかりだ。博徒の世界にも親子の固めをする盃事がある。男と女が神殿の前で三々九度を行うことで契りを交わすのと同じだ。まったく血縁関係が無い者同士が親子の契りを附ける。こうして代々縄張りが次の世代に受け継がれていく。だからほんとうの親子の血による継承は逆に少ない。その町を支配する色々な力の中にあっても賭場を開ける権利を有する者は、実は代々受け継がれてきた者だけなのだ。余所者《よそもの》が突然やってきて賭場を開いたとしても、権利のある者によって徹底的に叩かれる。極道が賭場を開くように思えるが、彼らは主催者であって博徒一家の軒先を借りているに過ぎない。彼らの命の掛ける対象がそもそも違う。博徒は博打そのものに命を張る。極道は侠客《きょうきゃく》として己が命を掛ける。損得勘定で動かないのが道を極めた者なのだ。法律上の『暴力団』という反社会的な組織と捉えがちだが、ヤクザともまた違いがある。
 だが世間は同じ『暴力団』としか見ない。
 誰もが見下した見方で彼らを畏怖し、そして無視することでどうにか同じ世界で共存してきた。それでもそんな世界でしか生きられない者達がいる。行き場を失った少年、少女達、『生まれて来なければ良かった』、だがそんな彼らでも生きなければならない。
 身元保証人など存在しない、未成年達。
 どんな理由があるにせよ、銀蔵は彼らに世の中と関わりあうための手を差し伸べ続けてきた。『切欠《きっかけ》』を与えることでしか救えない・・そんな事を銀蔵はポツリと零《こぼ》したのを勝は覚えていた。
 野良犬や野良猫と違って、人間社会に放り出されても『生きる術《すべ》』の持たない者ばかりだ。
 行き着くところは犯罪者のレッテルを貼られるか、世の中の片隅でひっそりと影のように生きる道があるだけだ。
『どんな道があるか誰も先はわからねぇ、だがよ、お天道様《てんとうさま》の下を胸を張って生きてぇと思わないかい』勝が銀蔵から教えられた一つだ。
『お天道様の下を胸を張って生きる・・』
 銀蔵が預かっている子供達は男だけでなく女もいる。中学校から高校ぐらいの年頃の子供を、銀蔵は次々と引き受けて連れてくる。昔と違って札付きの悪は少なくなった。家庭に問題のある者が多い。不登校を続け最期に援助交際をやっていた女子高生の親が相談にやってきた。市会議員だという。
「世に出せない」と脂ぎった中年は娘の頭を無理やり押さえつけ頭を下げさせた。
 その子は怒りで市会議員をどやし付けた。
「うちは児童相談所じゃないんだ、自分の娘の面倒も見れない者が議員とは笑わせるんじゃないよ」
 銀蔵がその場をなんとか取り成し、結局その子は不承不承《ふしょうぶしょう》に女を預かることに同意した。万事がその調子だった。勝は彼らと彼女らの教育係りだった。
 木賃宿の二部屋が男部屋と女部屋に割り当てられ、雑魚寝するだけの部屋だが、そこが彼らが唯一心安らげる場所だ。朝は三時起床。まず男は木賃宿の隅から隅まで掃除、女は朝の炊き出しの手伝い。日雇い達が宿から片付くと男はそれぞれの職場に向い、女は食事の後片付けや寝具などの洗濯だ。宿は季節によって住んでいる数はかなり違いがあるが、ほぼ五十人前後の者が宿泊していた。つまり百人前後の人間が一つ屋根の下に暮らしていた。女達は昼食も済むか済まない内に夕食の炊き出しを始める。気がつけばまた食堂に日雇い達が戻り夕の宴《うたげ》を始める。
 宿の同じ敷地に平屋造りの御堂を思わせる建物があった。
 宿に戻った男達はその建物に集まる。玄関先の納戸を取り払い、掃除を始める。どの男も紺絣《こんかすり》に『丸に銀』の白抜がある半纏《はんてん》を着る。建物の玄関は広く、玄関先に檜《ひのき》を格子に組んだ下駄箱がある。そこを上がり、先に進むと四十坪もある畳敷きの大広間がある。入口の襖《ふすま》を開けて右に番台があり、正面の黒檀《こくたん》の床敷《ゆかじ》きの床の間に『天地一』と巨大な文字で描かれた掛け軸が掲げられている。その隣の部屋に片していた盆茣蓙《ぼんござ》を大広間に用意して初めて男達は夕食にあり付ける。
 博打は奇偶日で掛かる内容を変える。
 銀蔵の賭場は偶数日は『壷』、奇数日『手』と定められていた。説明は省くが壷とは丁半のサイコロ、手は手本引《てほんびき》だ。
 勝は銀蔵一家強力《ごうりき》四人衆の一人である。強力とは盆をコントロールする仕事をする。客に楽しく遊んでもらうように常に盆の成り行きを把握し、進行をおこなう、もちろん客をあおる事もする。配当を計算し勝負毎に配当付けを行う。警察の手入れがあると身体を張って客をすみやかに逃がす。
 銀蔵の子分達は独り立ちすると宿から出て、やさ変えをする。女房をもらう者が多いが一人者も中にはいる。その場合は女が通いで男の世話をする。彼らに決まった手当ては無い。毎日の盆の上がりの半分を銀蔵が持っていき、残りを子分等の役目で分け合う。それでも盆暮れの手当てが銀蔵から出るのでどうにかその年を暮らせる程度の収入だ。
 戦後盛んになった競馬、競輪、競艇、オートレースと公営ギャンブルが花盛りだが、これは主催者側が賭けの二割五分を最初から引いた分を配当するので戻りは少ない。銀蔵一家も戦後まもなくご多聞に漏れず呑み行為を始めた。掛けから一割引いた分を配当するので遊び人は銀蔵のところを利用する。賭け金はほとんどが掛けのため若衆が客に出向き集金する。当たった者はすぐに金を貰いに現れるが、外れた者はまず金を納めには現れない。大体ここがトラブルの元になる。旅烏《たびがらす》が掛けに参加するには何か担保を求める場合もある。まず、流れ者は踏み倒しを計る。
 だがいまだ過って勝から逃れたものはいない。それは勝がやさぐれの立ち回り先を独特の嗅覚で嗅ぎ分けるからだ。それゆえに『やさぐれ勝』と通り名がある。
 銀蔵に言わせれば、『お前には可笑《おか》しな能力がある』になる。
 警察関係者とはある意味、持ちつ持たれつつにある。賭場にも定期的に幹部が顔を出す。指名手配になっている者がひっこりとやってくることが多い、その場合、勝はこっそりと別室に案内し料理を馳走して引導を渡す。
『さてどうしますか』
 逃亡に明け暮れ、やつれ切った男の場合、故郷に帰ることも叶わず、最期は押し込み強盗をやるのが落ちになる。行き場を失った末路といえばそれまでだが、どこまでも逃げ果《おお》せる訳がない。
 しかし中には眼から光の失せない獣のような者もいる。
『些少ですが草鞋《わらじ》銭です』と金を出す。
 犯罪者と謂えど人の子である。
 これで落ちなければ好きにさせるしかない。
 裏で待つ刑事が建物を出たところで声を掛ける。彼らはどこまでも逃げ果せる訳がない事を知っている、だがそれを納得できないだけなのだ、だから賭場のような場所に現れる。今生で散々な目にあった者が行き場を求めて遣って来る。警察もそれがわかっている。
 江戸幕府開闢以来、宿場町を根城にしたこのような賭場も影を失った。
 銀蔵が前回逮捕された時も実に些細な賭博行為だった。新たに遣って来た警察署長と新しくこの地を制圧した極道達が仕組んだ。
 銀蔵一家が目障りに違いは無かった。
 銀蔵がエスケープゴートにされたのだ。
 長い伝統などたった一晩で吹き飛んでしまう事もあると勝は思った。

 その夜、賭場の大広間にその子が子分全員を召集した。
「見ての通り、銀蔵一家は解散さ」と姐《あね》さんは息巻いた。
 誰も反対のしようがない。
 勝は姐さんがそう言うだろうと思っていた。
 客の一人に銀行家がいた。
 銀蔵が逮捕された夜にその銀行家が賭場へ遊びに遣って来た。
「今晩はもう看板かね」
 勝が丁度賭場の玄関先を掃除していた。
 客の素性を聞かないのがこの家業の掟だ。
 その客も一度たりとも名乗った事はない。
「へい、しばらく閉めやす」
「それは惜しい、事情は聞かないが、お前さん達はどうするんだい」
 白髪に和装の紳士然とした男だった。
「まだ明日なんてわかりません」
「そりゃそうだ、でも若い衆がたくさんいて大変だろう」
 勝はその男がいつも賭場の隅で大勝はしないが、僅かの張りで遊んでいく馴染みだと判っていた。
「まあなんだ、困った事があったらここを尋ねなさい」と男は札入れから一枚名刺を出すと勝に渡した。
「実に残念だ」と男は去っていた。
 名刺には○○銀行 頭取の何某と印刷されていた。
 掃除を終えて宿の裏口に綾子を認めた。
 夜目にも泣きはらした顔をしていた。
「どうしたいあや」
「まあ、みんなどこかへいっちまうのかい」
「誰がそう言った」
「だって、とうちゃんが捕まったから、もう全部仕舞だって・・」
 勝は頭を金槌で殴られた思いがした。
『俺たちにはここしかないんだ、行くところなんてない』
 翌日、半纏姿の勝は○○銀行の頭取室に通された。受付嬢の好奇の目に晒されてどうにか取り成してもらうまでガードマンが飛び出してきたりひと悶着があった。
 秘書らしき事務員がお茶を給仕して去ると頭取は急に齟齬《そごお》を崩してこんなことを話し始めた。
「実は私の先代は、清水で博徒をしていました」
 勝はこの一言で、この男のすべての事情が手に取るように判った。
「世が世なら銀蔵親分と同じ立場にあったでしょう」と男は言った。
「私の事業は人の作った法律の中でしか商売ができない、ところが実際綺麗ごとだけでは成り立たない。じつに不自然だ。人間が誕生した時から博打があった。それを力のあるものが自分の都合のいいように法律を作り儲けている」
「人呼んで『やさぐれの勝』まずこの業界で知らぬ者はいない、その勝さんが目の前で頭を下げている、これこそが光栄の極みと言いましょう、もしよろしければ私の方からぜひ一肌脱がさせていただきたい」
 話はすぐに決まった。

「姐さん・・この話、勝に預けては貰えないでしょうか」
 静まり返った大広間に、一際、勝の声が澄み渡り響いた。
「お前にかい」
「へい、あっしに考えがあります」
 そしてあれよあれよという間に一階にコンビにと食堂のある地上十二階立ての賃貸マンションが出来上がった。
 マンション工事の現場で若衆を働かせ、女達には日々の炊き出しに当たらせた。敷地内の一角にプレハブを建て、そこに全員が雑魚寝で八ヶ月暮らした。木賃宿に住んでいた者の一部の助けもあり工期を三ヶ月も短縮することができた。
「賭場を壊さないのかい」と姐さんは何度も勝に尋ねた。その度に勝はこう答えた。
「親分の命ですから」
『俺は仮にも親分から盃を下賜《げし》された者だ、その重みは親子以上なんです』と勝はその度に心でそれを繰り返した。

「あんたの退院祝いを店でやるから出かけるよ」
 漸《ようや》くその子が銀蔵の懲役中の話を終え、ビルの裏口から出る時に銀蔵はよく手入れされた御堂を認めた。
「おい、そのままじゃねえか」
 そこには銀蔵が逮捕された時と寸分変わらぬままの賭場の建物が建っていた。
「あんたがいつ帰ってきてもいいようにと毎日、毎日、子分達が同じように掃除しているからね」とその子が言った時、勝は銀蔵の眼《なまこ》に確かに光る一滴を見取った。

(切れがよいので、ここで次回に続きます)

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