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2007年8月19日 (日)

やさぐれ勝の恋 二

      二

  川崎大師平間寺《へいけんじ》の境内に銀蔵と勝《まさ》の姿があった。
 秋雨のぼんやりした低く薄暗い雲のせいか、人影も疎らだった。正月の参詣客がごった返した様子から想像できないような静けさだ。川崎駅に着くと銀蔵は急に大師に参ると言いだした。
『おら、神仏に一度も祈ったことなんかない』が口癖だった。勝はちょっと不審に思った。
『何かあったのか・・』
 鳥居をくぐる時、銀蔵は神妙な顔で一礼した。神前の前で二拝二拍一拝をする銀蔵の横で勝はじっと銀蔵を見守った。
 番傘を差す勝と和服にからむし織の角帯姿の銀蔵からどうみても二人の様子は主人と使用人のように見える。
 境内を一巡すると銀蔵は仲見世にある茶店に勝を誘った。
 濡れ縁にある御影石が雨でぴかぴかに光って見えた。
 暖簾をくぐり番傘をたたんでいると、奥からすっとんきょな声が聞こえてきた。
「おい、銀蔵じゃねえか」
 給仕に現れた腰の曲がった老人が驚いていた。
「すえきちか」
 銀蔵はすえきちと呼んだ老人から茶を受け取ると一気に飲み干した。
「おい、相変わらず出がらしだな」
「お前こそ減らず口が直らねじゃねか」
 勝は二人のやり取りを出された茶と葛きりをやりながら聞いていた。
 すえきちは昔やはり博徒をやっていたらしい、三十の歳に生死に関わる大病をしたという、その時に看病したおさよという女と所帯を持った。たぶん湯気が上がる厨房にいるばあさんらしい。
 突然、老人は両拳をきつく握り締め高く掲げると銀蔵に殴りかかろうとした。
「銀蔵、お前・・、何十年も俺に顔を見せないとはどいう料簡なんだ」
「銀蔵、おらおめのおかげで・・」
 急にすえきちが床にしゃがみこんでおいおいと泣き出した。肩を震わせ中々泣き止まない。
 厨房から割烹着姿のばあさんが出てきた。
「あんた、もうおよしよ」とばあさんは床に膝間付いていたすえきちを抱きかかえるように起こした。すえきちは幼児がべそをかいているような顔をしていた。
「さよさん、しばらくだ」
 勝はこのばあさんは歳をとっているが、ずいぶんと品のある女だと感じた。昔はかなり美人だったはずだ。
「すえきちはもう足を洗ったのよ」
「ああ、おれがやめさせた」
「じゃあ、どうしてここへこれる訳・・」
 あきらかにこのさよというばあさんと銀蔵は過去に何か因縁があったと勝は睨んだ。
「最後のお別れに来た」
「何語ってるのよ、あんたとは四十年前にとっくに縁を切ってるのよ」
「ああそのとおりだ、だがよ、さよさん、俺たちは、同じ時代を生き抜いてきたんだ・・たとえ、別々の道を歩いてきたとしてもだ、その俺がこれが最後だと言ったら、最後なんだ」
「最後てなんだ」となきべそ顔のすえきちが銀蔵に詰め寄った。
 銀蔵は勝を見てから、
「俺の島をこいつに任せようと思っている」
「お前、隠居するてことか・・」
「ああ、おめえだけには、きっちと挨拶だけはしようと思ってやってきた」
「それは、ご丁寧に、用事が済んだらとっと帰っておくれ」さよさんは振り返るとそのまま厨房へ戻っていった。
 銀蔵は両手を膝頭に置くと、
「おめえだけには伝えたかったことがある」
「なんだい」
「最後の盆を開帳する」
 すえきちはじっと押し黙った。
 盆とは旧暦七月十五日の祖先を祭る盂蘭盆ではない、盆ゴザの上でサイコロを振って行う賭博のことだ。開帳も由緒ある寺社の観音様など秘仏を見せることとではない、賭博場を開くことだ。
 刑法186条2項にある『賭博開帳等図利罪』「賭博場を開く」「賭博をする人を集める」ことによって利益を得ようとした行為を指す。
「継承盆・・」すえきちはまた涙を流し始めた。
「あい、承りました。銀蔵最後の盆」
 店を出る時、銭を払うのだ貰えないでちょっとした悶着があったが、奥からさよが一言、「客から茶代を取るのが家の家業さ」と啖呵を切ったので、すえきちはようやく勝から銭を受け取った。
 銀蔵と勝が店を出るとさよが塩壷を抱えて厨房から駆け出してきた。
「さよ、止めてくれ、俺たちの命の恩人になってことをするんだ」
「俺は全部知っているんだ・・お前が今でも銀蔵に惚の字てことをよ」
 さよは塩壷を抱えたまま客席の一つに座り込んだ。
「俺が病気でうなってる時、銀蔵の差し金で看病に来たことも、俺が足を洗うかわりにお前と夫婦《めおと》になる約束を銀蔵としたことだって、全部知ってら」
「お前はこの世では、俺の大切な銀蔵からの預かりものだ、あの世にいったら熨斗《のし》をつけて銀蔵にかえしてやら」
「あんた・・」
「さよ、あれを出してくれ」
 さよは神棚の置くにあった風呂敷に包まれた小箱を運んできた。
 中からいい具合に褪せた竹の壷が一振り出てきた。すえきちは壷を持って、
「銀蔵が半と言いや俺は半を出す。丁と言いや絶対に丁を出してみせる」

 勝はこれから銀蔵に組がどのような状況に置かれているのかを説明することを考えると頭痛がするようだった。
 雨がようやく小降りになっていた。
 タクシーを拾うと二人はいよいよ銀蔵の家へ向かうことになった。
「又はどうしてる・・」など銀蔵は自分の子分の音信を問うた。
『なかなか肝心な事を聞きやしない』と勝は思いながらも、銀蔵の問われるまま受け答えしていた。やっと家に近づいて、「あのよ、その子はどうしてる・・」
 勝の目には十二階建てのマンションに変わった銀蔵の家が写っていた。その一階にコンビニエンスストアーがある。その前に着物姿に襷掛けのその子が立っている事も勝は気がついていた。頭に鉢巻を締め、左手に手桶、右手に柄杓《ひしゃく》を持っていた。
「親分、あそこに立っておりやす」
「なんだありゃ、俺のやさがビルディングになってやがる、勝どうなってやがる」
 タクシーが歩道に寄せて止まると銀蔵は車から飛び出していった。勝は一人車に残り、乗車料金を払いながら一部始終を目撃することとなった。
 銀蔵はいきなりその子の前で歩道に手を付いて頭をアスファルトに擦り付けるぐらいに下げた。その上からその子が手桶から水を柄杓で次々掬《すく》い、銀蔵の頭へ掛けていた。最後には手桶から直接水をぶっ掛けた。
 やっとその子の気が治まった頃を見計らって勝は車を降りた。
 銀蔵は頭がずぶ濡れのまま立ち上がっていた。
「俺の家は、その子」
「このビルディング」
「六年あまりにも留守にしていると世の中はすっかりかわっちまったか」
「これも全部、勝のおかげさ」とその子は手桶を下げたままコンビニの入口へ向かった。
 店に入って銀蔵はレジに並んでいる店員を見て、
「安と真治のかみさんじゃねか」
「お帰り、親分」と真治のかみさんとよばれた赤毛の女が返事をした。
 レジに並んでいた客が不審な目で銀蔵を眺めていた。
「後であんた方も店においでよ」とその子は声を掛けそのまま、奥の部屋へ入っていった。銀蔵はかって知らないのでそれに従った。商品のダンボールや飲料箱の横を通った先に、大きな神棚のある事務所があった。
 その子は当たり前というように、神棚の前にある両袖の大きな机に納まると、
「あんたそこの椅子にお座り、色々と説明しなきゃならないわね、それとも勝からもう聴いたかい」
 銀蔵と勝は向かい合わせに応接椅子に納まった。
「いえ、姐さん、あっしからは何も・・」と勝は答えた。向かいで銀蔵の怒った時にぴくぴくとするこめかみの血管が浮きでていた。
「あんたが見舞いは一切お断りなんて言うから、府中に行くことは禁じたの・・でも勝は毎月、こっそりと差し入れをしていたはね」
『姐さんは知っていた』
「あんたが甲斐性無しなんて最初からわかってた事だけど、残された子分をどうやって食べらせるか、勝がいなきゃあんたの帰る家なんか無かったのよ・・」
 銀蔵が逮捕されてからの子細をその子が説明している間中、銀蔵は押し黙ったまま目を瞑っていた。
 銀蔵が唯一親から譲り受けた宿舎と土地を担保に銀行から金を融資してもらった事、子分の住むために賃貸マンションを建て、その下にコンビニを作って働く場所を作った事、、今では県内に同じコンビニを十二軒も経営するまでに至った経緯を説明した。
「あたしが社長で勝が専務よ」
 その子の話が終わるとようやく銀蔵は口を開いた。
「おれはお前たちに迷惑をかけてえとは思わない・・すぐ府中に戻ろうとさえ思っている・・」
「なに馬鹿な事言っているのよ・・」
「おれはなこの勝に島を継いで貰いたいと思っているのさ・・」
『親分その先は言っちゃいけない』と勝は思った。
「綾子を勝に嫁がせたい、お前の話を聞いちゃ益々、その気になっちまたぜ」
 その子の目がまん丸になっていた。

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2007年8月12日 (日)

やさぐれ勝の恋 一

   やさぐれ勝の恋

      一

  まだ時代が昭和という時代の事・・

 雨が降っていた。
 秋の雨は特に冷たく悲しい。
 国鉄武蔵野線北府中駅から一人の巨漢が番傘を差して出てきた。
 男は旅館の番頭といえば、それにぴったりとするわかりやすい恰好をしていた。下駄の鼻緒はずいぶんと雨水で膨れ上がっていて、男の節々の太く黒い足の指の一部のようにさえ見えた。
 府中街道と国分寺街道に挟まれた法務省東京矯正管区府中刑務所、緑豊な街道沿いに沿って「シャバク」と呼ばれる塀が2キロほど続く。
 その塀は、いわゆる「シャバ」と呼ばれる自由な世界とを隔てる塀である。皆それぞれの事情や訳ありで収監された罪人を留め置く場所である。
 その日出所する受刑者は朝食を摂ると作業房に向かわず、看守等の立会いの元、宣誓を行う。
 壁に貼られた五訓を全員で復唱を行う。

 はいという素直な心
 すみませんという反省の心
 おかげさまという謙虚な心
 させて頂きますという奉仕の心
 ありがとうという感謝の心 

 今藤銀蔵は今年齢七十に成ろうとしていた。
 罪人に定年は無い。
 五年八ヶ月の刑期を勤め上げた。
 人生の内でこの中にいた期間を合わせると優に半分をここで過ごしたことになる。
『生きること』と銀蔵に問えば、「シャバで銀シャリを食うこと」と返ってくる。
 しがない博徒の家に生まれた。
 鉄火場で育ち、一人前になる前に親父が逝って、あるかないかの境も判らないような縄張りを引き継いだのが二十歳前だ。
 退所する罪人が順に並び勤め上げた対価として報奨金を受け取っていた。退所して一番に必要なもの、それは金だ。誰も受け取りになどやってこない面々ばかりだから、『はいお前は刑期を終えたから、出ていいというものではない』
 もちろん身元引受人が迎えに来る。
 来ない者は保証人を立て、戻る家などを確保する。
「銀蔵、もう帰ってこんでええ・・」
 所長の木村何某だ。
「へい、お世話になりやした」
 繰り返し入所する今藤はここでは「馴染みさん」と呼ばれる。昔のように牢名主のような者は存在しないが、世話役程度の地位が与えられる。刑務官も実はこのような年季の入った者をある程度リーダとすることで管理するのが効率のよい事を知っている。
 いぶし銀の短髪白髪、どうみても七十には見えない、足腰もしっかりしていて、話す言葉も歯切れがよい。
 銀蔵と言えばたいていの者は「ああ、あのじいさん」かぐらいには有名だった。
 銀蔵はここを出る必要を感じなかった。
 木村何某にああは言ったが、すぐにここに戻るとさえ思っていた。
 銀蔵の島は川崎市にあった。
 有名大手極道チェーンが制圧してから、銀蔵は細々と馴染み相手に競輪、船、競馬のノミをやってきた。電話一本の商売だ。
 逮捕された時、銀蔵は馴染みと集金でひと悶着あった。どうも大手チェーンのリークらしく、簡単な取調べの後、芋づるで検挙者を出した。
 戻っても結局は元の木阿弥だと銀蔵は思った。同じ事の繰り返しじゃないか・・
 唯一銀蔵には「シャバ」に心残りがあった。
 五十を超えた時に外の女に子供ができた。
 かかあのその子は結局一人も銀蔵の世継を生まなかった。世継をさせるような甲斐性もない銀蔵だったが、不思議と仲間には人気があった。
 人生で最初で最後の子供だと思った。
 その子がたとえ女だったとしても・・

 府中刑務所の入口に先ほどの番傘の男がじっと傘の中にいた。
「おやっさん・・」
  また銀蔵が帰ってくる。
 すべてが親分中心に動き出す・・
 ため息ともつかない深呼吸をした。
 男の名前を芳賀勝《はがまさ》と言った。
 その筋では、人呼んで『やさぐれの勝《まさ》』が通称になっている。
『やさ』とは『家』であり、『ぐれ』とは『出る』ことを意味する。
 つまり『家出』のことを言う。
 勝の記憶にある最初のやさぐれは三歳になったぐらいだ。
 勝の家は東北地方の実に貧相な田舎で貧農の極みのような生活をしていた。勝の父親は昼間から酒を食らって引っ繰り返っているような男だった。いつそんな暇があったのか、母親は勝を頭に八人の子供を次々と生んだ。
 子育どころではなかった。
 母親は陽が昇ると田畑に出て、やっと陽が沈む頃に家に戻る。だから勝などよちよち歩きする頃にはミルク代わりに父親の酒のコップから喉の焼けるような焼酎を飲んでいた。
 やさぐれると心配して母親が探しにやってくる。薄暗い納屋の軒下でじっと立っている。
その横を母親が通り過ぎていく、知ってか知らずか母親はちょっと過ぎたところで立ち止まり必ずこう言ったものだ。
「今日は親子どんぶりなのにね・・」
 勝の大好物だった。
 熱い銀シャリの上に半熟の卵と鶏肉と醤油味の玉葱のハーモニー、兎に角、やさぐれはその度中断になった。
 小学校、中学校へとなんとか勝は通った。
 特に勉強には興味はなかった。
 義務教育という制度のおかげで人様並みにどうにか文字が読めるようになったぐらいにしか思っていなかった。
 弟達、妹達を背負たり手に引いて何度も学校へ行った。幾度となく教師が家へやってきた。
「兄妹を連れて学校へ来ては困る」
 弁当の時間まで兄妹は校庭で群れて遊ぶ、弁当の時間、勝は校庭に出て、用意してきた兄妹の弁当を広げ全員で昼食を摂る。毎日が遠足のような感じだった。兄妹は勝によく懐いた。生まれた時から勝が親代わりだ。オシメを変え、ミルクを飲ませ、夜鳴きをすれば、子守唄を唄った。
「ネンネンコロリとネンネしな・・」
 勝はもちろん子守唄など聞いたことは無かった。それでも七人の兄妹に唄って聞かせる内に自然と身に付いた。
 哀愁のあるとてもいい声だった。
 母親が病に倒れ入院するとそれを追うように親父が癌で逝った。物もわからない子供達ではどうにもならないと親戚一同が協議した結果、田畑を売り母親の入院費用とし勝達は一時施設に預けることとなった。
 母親は最後まで田畑を売るのには反対したと聞く。
 兎に角、勝達八人兄妹は宮城県にある有料の託児所に預けられた。
 ひどい生活だった。朝から晩まで田畑で働かされた。勝はやっと歩けるようになった末っ子の平助を背負って鍬を振り続けた。
 園長など子供の世話を見るような人間ではなかった。子供を奴隷のように扱うように施設の従業員にも指示していたのかもしれない。
 何度も薄暗い部屋で兄妹で身を寄せ合って泣いた事だろう。
 兄妹でやさぐれる覚悟を勝は決めていた。しかし、飯を食わなければならない。たよる者も無かった。
 どういう訳か勝は幼い時、母親に一度聞いた母方の縁戚に川崎で商売をしているという者を記憶していた。
 あの夏が勝の人生の分岐点になろうとは思わなかった。

「おい勝、お前を尋ねてきた者がある」
 舎監をしている中年の職員が畑まで勝を呼びに来た。
 夏の日差しが強烈に差し込む玄関先にハンチングを被った白ラシャに白ズボンを履き、雪駄姿で大きな扇子をバタバタと扇いでるちょび髭の男が待っていた。
「お前が勝か」
 銀蔵との出会いだった。
 この銀蔵に勝兄妹一同は、その日のうちに夜行列車に乗せられ、朝方に上野に着いた。
 川崎の銀蔵が経営していた日雇い労務者の木貸宿の二階を住処《すみか》と定められた。
 そこから勝の兄妹全員が巣立った。
 まっとうな学校へ勝は行かせた。
 皆、社会人となり家庭を持ち、普通の社会というやつで生計を立てている。
 なぜか勝だけが銀蔵の処に残った。
 親以上の恩があるには違いなかった。
 やさぐれが得意な勝にしてはここから他に行く処が無いのかも知れないと思った。

 入口から刑務官に挨拶をしている白髪頭の男が出てきた。
 銀蔵は勝を見つけると顎で呼びつけた。
「待たせたな、ひでえ雨だ」
「お元気で」
「ああ、それにしても勝、ちょっと見ねえ内に、お前ずいぶんと老けやがった」
 番傘の中に収まった銀蔵を後ろから勝が付いていく。
 まるっきり上京した時と同じだと思った。
「あの日も雨が降っていがやった・・」
 上野に着いた時も朝方から雨が降っていた。
「お前、俺の処に来てよかったかい・・」
 おやっさんにしては随分と愁傷な事を言う。
「へい、命の恩人ですから」
「俺には息子はできなかった・・」
「お前が俺の跡取りにならんか」
 勝にはおやっさんが何を言いたいのかわからなかった。
「お前、綾子を貰わんか」
「え、お嬢さんを・・」
 勝にとっては青天の霹靂という奴だ。
「お前をほんとうの息子にしてぇと思ったのさ・・」
 勝は何も言えないままシャバクの横を銀蔵に付いていった。

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黒い記憶は10月まで休載です。すいません<m(__)m>
代わりに8月~9月はずっと昔に書いた「やさぐれ勝の恋」をリメークして載せます。

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