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2007年6月17日 (日)

黒い記憶 始動

   十六 始動

 マックのいた組織についてもっと知っておくべきでした。
 1785五年羅馬《ローマ》教皇ビウス六世はある結社に対してこう述べたと言われています。
『カトリックの教義になじまない』
 世界支配を目論むヨーロッパの血塗られしロスチャイルド家がアメリカでの代理者としたのがM商会でした。
『イルミナティ』そう組織を呼びます。
 1897年ドレスデンでレオポルト・エンゲルによって組織が復活した時、それはオカルト的要素を取り入れた悪魔主義な組織でした。フリーメイソンとの戦いに敗れたイルミナティは地下に潜み世界へ広がっていきます。
 その手先がマックでした。組織は香港での私達の動向を密かに探っていました。

 熱波が続く夏、眠れない夜、歩くだけでじっとりと汗で衣服が肌に張り付く、脇の下を虫が這うようにゆっくりと汗が流れていった。
  青く輝く満月がビルの谷間からぽっかりと顔を覗かせている。パタパタと自転車が石畳を過ぎ去っていく。行きかう人々が独特な臭気を漂わせ、短い夏の夜を楽しむ。塵溜《ごみため》を連想する民家が軒を連ねる。
 世界は明るい光で満たされすばらしい。しかし、軒下には必ず暗闇が存在しています。

 荘明は高校時代、誰よりも優れた成績でした。回りは誰もが大学に進学すると考えました。しかし、彼は亜米利加に行きたいと義父の私に願いを言いました。
「亜米利加に渡って、多くを学びたいのです・・」
「それは亜米利加でしか、学べないものなんのか・・」
 居合わせた衛はじっと我子同然の荘明を眩しく感じこう言いました。
「時が来たら好きにするがいい、だが、お前にはまだ我一族として伝授すべき技を伝えていない」
 荘明は香港大学の医学部に進学するとそれと時を同じく衛から一族に伝わる奥義の伝授が始まりました。
 大きな倉庫を借り、そこには床上十センチに縦横無尽《じゅうおうむじん》に張り巡らされたロープが床一面に広がる不思議な空間でした。
「このロープの上を自由自在に走れるようになった時、次へ進む」
 大学へ行く前の早朝に荘明は倉庫に現れ、ゆっくりとロープに足を掛けソロリソロリと歩みののろい生き物の如くロープの上を歩き始めます。大学の講義が終わると再び荘明はこの倉庫にこもっていました。
 春が過ぎまたまた若い芽が息吹く頃になっていました。
「おにいちゃん朝どこに行ってるのよ」
 麗華は何度も聞いてみましたが、兄は何も教えてくれませんでした。
『いいわよ、後を付けよう』
 倉庫の密集した中に荘明の自転車は入っていきました。麗華もその後ろを気が付かれないように尾行しました。
 一棟の倉庫の横に荘明の自転車が止めてありました。倉庫に窓はありません。厚い木製の扉をそっと押し開けて、麗華は中を覗きこみました。上半身裸の荘明が天窓から差す僅かの明りの中にいました。床一面にロープが碁盤の目に張られていました。その上をまるで飛び跳ねるように荘明が駆けていました。
 前転開脚の後、逆立ちでそのロープの上を自在にまた駆け出す。麗華は思わず声を出しそうになりました。
「中に入るがいい」
 突然、誰かが後ろから麗華に声を掛けました。そこには衛が立っていました。
「おじいちゃん」
「荘明、もうよかろう」
 一本のロープの上に梟《ふくろう》を連想するように荘明が止まっていました。
「はい」呼吸一つ乱れていない荘明でした。
「蓮華に尾行されたお前は未熟者といいたいところだが、いつかは蓮華も知る」
「おじいちゃん、これは何・・」
「蓮華、やってみたいか」
「これを・・」
「蓮華もやらなければならないの」
「掟《おきて》なんだ」荘明が上半身の汗をタオルで拭きながらロープの上を滑るように歩いてきました。
「お前は先に学校へ行きなさい、蓮華に話がある」
 麗華はその日、衛一族の使命を聞いたのです。
「・・はい、謹んで、ご教授を賜《たまわ》ります」
 こうして范兄妹は衛一族の秘伝の正統な継承者となったのでした。
 また暦が変わり、蓮華は高校を卒業する頃になっていました。

 朝から夜まで人でにぎあう金華街を蓮華は友人数人と歩いていました。
「それで、蓮華はどうなのよ」
 友人等の話の中心は隣のクラスの男子の噂話でした。
「興味みないの、そうよね蓮華のお兄ちゃんよりかっこいい男てめったにいないよね」
 友人が向かうのは蓮華の家が経営する飯店です。お目当ては厨房で手伝いをする荘明でした。精悍な豹を連想する身のこなし、誰もが荘明が放つ人離れした気を感じられずにいました。
 衛に言わせれば、一言。
「修行が足りない、誰にも覚《さと》られない、それが大切だ・・」
 麗華等の前に黒服の男が立っていました。
「あなた麗華さんね」
 長身の金髪の男でした。サングラスを掛けている為、表情がよくわかりません。欧米系の顔立ちです。
「貴女のおとうさん事故に会いました・・私、病院までお連れします」
 友人達と別れ麗華は、男が通りに待たせていた白のベンツの後部座席に消えました。
『これでいいんだわ・・』と麗華は思いました。
 すぐに衛の下に連絡が伝わっていました。
「金本、ついに衝突が起きました」
 私達はずっと見張られた生活を続けてきたのです。
『イルミナティ・・』組織は密かに我々に纏《まと》い付き観察していました。范兄妹にも告げられていました。
荘明がシンクで皿を洗い終えて厨房の外の異様な殺気に圧倒されそうになりました。
 衛が厨房を背に立っていました。
 客席に座る全員が衛に注目していました。
 そのほとんどの顔に荘明は見覚えがありました。毎日やって来る、穏やかな老夫婦、この金華街で魚を商いしている独身男、小学校の教諭をしている女性、この街で歯医者を開業している夫婦、荘明がいつも行く喫茶店のマスター、この地区選出の議員夫婦、金華街を縄張りにする暴力団のチンピラ数人とそのボス、ピンクサロンのオーナーとそのホステス達、街角を清掃している年老いた女性、靴磨きを生業《なりわい》にしている男達、その誰もが一生懸命、衛の一言一言を噛み締めるように聞き入っていました。
「悪しき者達が動きだした。我一族の者が浚《さら》われた」
「誰が・・」荘明はいやな予感がありました。
「麗華は我一族に仲間入りした。その日から生きるも死ぬも我等と一身同体・・」
『ああ、なんてことだ』荘明の身体中に激流が駆け巡りました。
「場所は、香港を見渡す丘の上に立つ洋館の一つ・・蓮華の奪還に向かう」
 その一言を聞くと全員が風のように店から立ち去りました。
 荘明も後に続くつもりでした。
「お前は行くことを禁じる」
「修行中の身、それをよく心得る事」

 また熱い夏が始まろうとしていました。

BGM:Led Zeppelin - Immigrant Song

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コメント

ととしさんww
入籍へのおめでとうコメントありがとうございますww
小説も新展開ですね!!
ととしさんの近況も知りたいなぁww

投稿: ゆかこ | 2007年6月27日 (水) 20時34分

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