黒い記憶 失ったもの
十二 失ったもの
私の前にある奇跡。
それは人間の生まれながらの罪を刻んだ石板を封じ込めた箱です。
サラスヴァティーの待つ国へこの箱を持ち帰る事の意味をしばらく考えました。
この箱の秘密を守る。
決断するにはそれほどの時間は必要ではありませんでした。
永遠に秘匿すべき箱、この秘密に辿り着く者が再び現れるかもしれません。人間がもしこの地上に存在する限り、この箱は封印されるべきなのです。明かしては決していけない真実もあるのです。
私は心に誓いました。
『この箱を永遠に封じ込め、そして貴方の彷徨《さまよ》える魂を安堵へと導きましょう』
『おお・・』
『そなたはやはり、私を導くもの・・、お前だけには真実を知る権利を与えよう』
『つまり、箱を開けてもいいということですね』
『そのとおりだ』
これからどれほど人間の歴史が綴られようとこの真実が隠蔽《いんぺい》することですべてが成り立っているのです。
『箱を開けよ、さらば得られん』
古び朽ち果てる寸前のアローン・ハッコーデシュの鍵は秘匿された往時以来初めてその役割を果たそうとしていました。
鍵を回すにはかなりの力が必要でした。
『開けていいのでね』
『ああ、真実は一つだけでいい・・』
『すべては分かち合うことから始まる・・』
木箱の蓋《ふた》を開けました。
映画のような光が溢《あふ》れたり、なにか想像もできない奇跡の場面は用意されていませんでした。
中には台座に載ったダチョウの卵ぐらいの巨大な卵の殻が朽ち果てた状態で保存されていました。
もしその価値を知らないものが見たら、『なんだ、卵の殻だけ?』と思うでしょう。
私はすぐにすべてを理解できました。
『ああ・・』思わず床に崩れ落ちました。
どれだけ時間が経過したでしょうか、私はずうと箱の前で涙していました。
『創造主よありごとうございました。私はこの秘密を永遠に守りましょう、但し、この約束を私が破った時には・・』
『説明しよう』
『人間はたった一人だけだった』
『彼は・・卵から誕生したのだ』
『ずうと彼は一人ぼっちだった』
『私は彼のためにパートナーを作るべきだったかもしれない・・』
『彼は孤独に耐えられず、自分自身で滅びようとしていた』
『そこで、私は・・知恵の実を与えてしまった』
『・・』
『すべてはそこから始まったのですね』
『彼は自らの肋《あばら》の骨より、自己複製から、生殖器を持ち、有性生殖を行う人間を創った』
『つまり臍《へそ》を持った人間が誕生したと・・』
『彼は永遠の自己再生という能力を失った、滅びることを自ら選択したのだ』
『おお、さすれば・・人間は最初から自ら創った戒めを破っていたのですね、おお、自ら交わった・・』
『その殻の底をよく確かめよ』
私は箱よりそっと卵の殻を持ち上げました。
殻の底には卵の澱が真黒く石化していました。
『これが石板?』
『そちならばわかるであろう、その黒い石の意味が』
創造主の意図を計りかねていました。
卵の底の黒き石・・
『そうか、最初の人間の細胞がここに記憶されている・・』
その卵の底には永遠の命の秘密が隠されていたのです。
『私はそれを自らの戒めとして、封印した』
『この黒い記憶・・を得たものは・・』
アローン・ハッコーデシュの箱の収められていた部屋を辞し、私は王の前へ進み出てこう言いいました。
「王よ聖櫃をここより安全な場所へ移動する。
ブラフマーには偽の箱を用意し与える」
王に命じた通り偽のアローン・ハッコーデシュを携えサラスヴァティーの待つ城へと戻りました。
ブラフマーは本物のアローン・ハッコーデシュの鍵に驚嘆しました。
よもや箱が偽物とは気がつきません。
ただ疑い深いブラフマーは鍵穴を調べました。
「確かに、これは聖櫃の鍵」
「お前は開けなかったのか・・」
「はい、約束を守りました」
「そうか、ではサラスヴァティーをお前に娶らせよう」
『ああ、ついに・・』
私はサラスヴァティーの待つ部屋へ駆け急ぎました。
そこにはすでに病で逝ったサラスヴァティーがベットに静かに横たわっていました。
周りを侍女達が涙して取り囲んでいました。
「おおラーマーヤナ様・・」
侍女の一人がサラスヴァティーの最後の手紙を渡してくれました。
《 ラーマーヤナ
私の夫はラーマーヤナだけ
貴方に現世では結ばれませんでしたね
しかし これから誕生と再生を繰り返す無限の時の中でサラは必ず貴方を見つけ出します
ラーマーヤナ 貴方も悲嘆に暮れる事なき心構えで私を探し続けて下さい
永遠の妻 サラスヴァティー 》
私に勇気と知恵を授ける者、それはサラスヴァティーだけ。
ブラフマーからサラスヴァティーの遺体を下賜されると私は本物のアローン・ハッコーデシュの箱を永遠に葬るためチベットへ戻りました。
私の帰りを待っていた王達は私に同行すべく多くの兵と共に王宮の外で出迎えました。
「ラーマーヤナ様、ブラフマーが箱に気が付き、既に追っ手を放った旨が届けられております。一刻の余裕もございません。数万の兵が今、この国を襲おうとしています」
「お前たちが戦うとするか・・」
「私達は聖櫃を守るために生まれました。そのためなら、この命、いかようにもお使いくだされ」
「ブラフマーの目的は聖櫃だけだ、そして我命を奪うために兵を繰り出している。私が聖櫃を別の場所へ移動しよう、供はいらない」
「ラーマーヤナ様、誰も貴方の言うことを聞かぬ者はおりません。私達はただ貴方の後ろに付いていくだけです」
「そうか、では中原へ向け出発する」
こうして私はサラスヴァティーの亡骸とアローン・ハッコーデシュの箱を携え、約束の地カナンを目指したのでした。
『黒い記憶を守るために・・』
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コメント
やっとコメできちゃいますww
深いなぁ。。聖書の世界ですね。
こういった神秘的な話は大好きですww
ゆかこも生まれ変わりとかあるのかなぁ。
投稿: ゆかこ | 2007年5月 7日 (月) 23時18分