黒い記憶 邂逅
四 邂逅《かいこう》
「私の生い立ちを聞いて頂きたい・・」
私達は武の同級生、園山美奈という少女がもう一つの人格を持つに至った経緯を、彼女の中に宿った別の人格自身から直接聞くことになった。
「私は宮崎の貧しい農家の三男として生まれました・・」
園山美奈は瞳を瞑《つむ》っていた。
「十三歳の時、私は上京しました。世の中のことなど何も知りません。まともな教育も受けず、生きる術《すべ》もわからない年端もいかない私は家の事情で神田にある衣料品の中卸をする店に見習い奉公することになりました」
「田舎との縁もそれっきりになりました。もともと身体の弱い私は早朝から深夜まで続く仕事になじめず。1年後に店を飛び出しました・・」
「昭和九年は確か冷夏だったと記憶しています。それでも、七月はそれなりに熱帯夜が続く厳しい夏でした・・」
上野界隈は夜遅くまで露天商の商いで賑わっていました。その間を絣《かすり》の兵児帯《へこおび》姿の私が歩いていた。
『腹減ったな-』
酔客が行きかう道をやせ細った私はふらふらと今にも倒れるような覚束《おぼつか》ない足取りでした。東北地方の冷夏で出稼ぎに上京した労働者がここにも溢れていました。
「おい、お前」
誰かが私を呼んでいました。
道端に古本を並べている男でした。
顔に幾重にも深い皺が刻まれ、白髪の混じった髭で覆われていました。着古した茶色の背広の襟首が首を伝わる汗で変色していました。
男が手招きしています。私には選択することができなかったのです。金も食べ物もない、まして帰る家もない・・
男は金本和義《かねもとかずよし》と名乗った。
「お前、浮浪児だな、帰るところあるんか」
乱杭歯が覗く薄気味の悪い笑いを浮かべていました。
「ちょこっと、ここで店番していれ」
男は私を古本が並べられた茣蓙《ござ》の前に無理やり座らせるとどこかへ去っていきました。
人の運命は人と出会うことによって決まると思います。どんなに会いたくない人でも人生では、どこかで必ずその人-運命を左右する人-に出会うことが決められている。
「ほら、これを食いな」
金本が投げて遣《よこ》した新聞紙に包《くる》まれた焼き芋の匂いが忘れられません。
狼が倒した獲物に食らいつく如く貪《むさぼ》りました。
金本は上から見下ろし、
「食ったら、ここを居《い》ぬ」
人込みの中を金本の引くリヤカーの後ろに付いていきました。
塀に囲まれた二階建ての旅館風の建物の裏門に金本は回りました。その裏門から敷地内に入り、納屋にリヤカーを納め、勝手口から入りました。今までみたこともない広い台所で女達が忙しいそうに働いていた。突然、金本が帰宅すると全員が三和土《たたき》に集まり、甲斐甲斐しく頭を床に着けたのです。
女達は金本が世話をしていました。
金本は普段、古本を道端で売りながら、家出してきた女を物色していました。女を家に連れてくると、女に仕立上げる-化粧や女の作法を仕込-そして、売り捌《さば》く、つまり女衒《ぜげん》を生業《なりわい》にする男でした。
「お前たち、今日からこいつの世話をしてやれ・・」
「そういえば、名前を聞いていなかった」
髭で覆われた金本は不思議そうに年端もいかない私を見つめていました。
「おし、お前は今日から金本強《かなもとつよし》だ」
その日を境に私は金本強を名乗るようになったのです。
もちろん、ほんとうの両親はいます。年がら年中喧嘩の絶えない、夫婦中の悪い親でした。故郷《くに》を出る時、まったく未練はありませんでした。
もし、私の師匠がいるとしたら、それは金本和義ということが言えます。すべては彼から教わりました。
和室に用意された客善の夕餉を摂り、檜風呂には、背中を洗う裸の女達が傾《かし》いでいました。別世界です。
「強、女を知っているか」
金本の筋肉隆々の背中には、観音の刺青が美しく彫られていました。
神々しく輝いて見えました。
私の背中を洗っていた少女を金本は私の前に無理やり引きずり、洗い場で両脚を大開にしました。まだ、陰毛の生え揃わない誨淫部がくっきりと一本の線を描いていました。
「人はここからやってくる。男はここに入るために一生懸命になる。それで俺は喰っている」
まさに金本和義はそういう男でした。
「操江、お前は今日から強の女だ」
佐間操江《さまみさえ》、私の筆卸《ふでおろし》をすることになった少女です。
こうして私は金本和義に拾われ、そこの暮らしの中で生きる術《すべ》を学んでいきました。
八月にドイツナチ党のアドルフ・ヒトラーが、総統と首相を兼任しました。十二月に日本がワシントン条約を破棄し再軍備を始めました。世の中が戦争一色へ向かう時代でした。金本の商売は実に順調でした。地方から身売りされてくる女達を次々と仕立て上げると外地へ向かう船に乗り込ませました。たぶん最盛期には金本の屋敷には五十人を超える女達がその日を待っていました。外地とは満州国です。満鉄が設立され、内地から鉄道建設の労働者が次々と送り込まれました。彼らの欲望を満たすためにこの金本の屋敷から送られた女の数は想像を超える数です。
「女は自分を特別扱いする男に惚れる」
「女に情を掛けてはだめだ、女は真っ白い雪のような生き物で、男次第で、どうにでも変われる、だから、仕込む、男に奉仕することが宿命ということを叩き込め」
すべて金本が何度も私に教え諭した語録の一部です。私はこうして武家の時代であれば元服の時から女衒の世界で生きることになったのです。
私にはなにかそういう才能があったのかもしれません。六人兄弟の末っ子として生まれました。姉が三人、兄が二人います。いづれも私より十は上で、かなり歳が離れていました。彼らとは遊ぶこともなくいつも彼らの遣る遊びを見て育ちました。それが私の性格を作ったのかもしれません。人を傍観する。そして、人がどういう欲望があるか、それを一瞬で見抜く才能に長《た》けていたのです。
太平洋戦争に突入する頃には、私は金本和義にとって代わっていました。金本は糖尿の気があり、早くからあちらのほうが弱くなっていました。ハーレムの中の王のように振舞う。『小さい悪魔』と外地で呼ばれた男はこうして誕生していったのです。私はこの界隈ではすでに顔役的存在でした。任侠道を張る男衆も私には頭が上がらない。奴等のかかあは大体、私が斡旋していた。陸海軍の将校連中も私が女をあてがっていました。
あの夏、三島つねに会うまで・・
BGM:スキマスイッチ - 君曜日
◎アサヒビールと私
小学校の図工の時間、写生会はいつもアサヒビールの工場でした。札幌の南郷小学校に通う私は画板を持ち、草原から『アサヒビール』と書かれた看板をキャンバスに描きます。
その後、工場で出されるリボンシトロンと三矢サイダー、あああの懐かしき味は今はビールにとって変わってしまっていますけど、リボンちゃんには悪いのですが私はもっぱら三矢サイダーを頂きました。うん、あれから幾年、そういえば、あの工場の裏でホップを育ていましたよね。ホップて黄緑色したパイナップルの赤ちゃんみたいな実がなるんですよ。
こっそりともぎ取って口にいれた味は覚えていませんけど、あの看板が下ろされてもう何年が経ったのでしょうか。缶ビール片手にまた画板なんか持ち出して看板を描きたいです。
もちろん、今度はリボンちゃんをオーダーしようかなんて思う次第です。
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コメント
BGMが君曜日って!!!∑(゚ロ゚!(゚ペ?)??? そんなイメージ? それにしてもすんごい人格が入り込んでいましたねぇ。 一体全体なぜ??
隊長>乞うご期待だね(^◇^)
ところでさ 隊長の結婚式に電報おくりたいんだけど
それって かなわぬ事?
投稿: ゆかこ | 2007年3月10日 (土) 15時04分