« 黒い記憶 魔界への招待状 | トップページ | 黒い記憶 意思を継ぐもの »

2007年3月18日 (日)

黒い記憶 覚醒

   六 覚醒《かくせい》

「大陸へ渡った若者達、彼らが求めた『夢』を実現するには、あまりにもかけ離れた努力が必要ということにたいていの者は気が付きませんでした」

 鰊《にしん》の群来《くき》が押し寄せるが如く、内地から一攫千金を狙って遣ってきた若者達、その現実にすぐ根を上げた。行き着く先は阿片窟に身を委ね紫煙《しえん》の中であるともつかない日常からの逃避。幻想と幻視、幻覚、幻聴、ありとあらゆる逸脱した意識が覆い、外の世界を忘れることが唯一、自己を守る方法だったのです。

「だんな様、これをつねと思って持って行って下さい」
 首から掛ける紐、その先に丁寧に編みこまれた布袋、中にはセピア色に変色した一枚の写真が収められていました。
 つねは当時もずいぶん幼い容貌でした。
 それよりもまだ若い表情、はにかみがちのつねの写真でした。
「ああ、持って行こう」
「いや、肌身離さず。こう首から掛けてけれ」
 つねは無理やり、私の首からその袋を掛け、肌着の中に押し込みました。
 夏の日差しが眩しく、玄関の磨き上げられた上がり框《かまち》に降り注いだ光が乱反射し、辺りの空気に凛とした緊張感を与えていました。

「強、車が来た」
 玄関には女達が屯《たむろ》し、荷物の上で煙草を燻《くゆ》らしていました。
 金本の横でつねはじっと立ち尽くしていました。
 私達は軍が用意したトラックに揺られ、横浜港から海軍の物資輸送船に押し込められました。
 船には海軍に雇われた船員達がいました。この戦時中に戦役を免れてこのような船に乗り込んでいる者は、食い潰しか、国を追われた第三国人のいづれかでした。いづれにしても良からぬ船員達が乗船していのです。
 長い船旅中に女達を巡る争いが起こることはある程度予想できました。
 そこが私の最初の草刈場でした。
 船はそのまま遊郭の感を呈しました。
 ありとあらゆる淫靡な世界を想像してください。それを演出する監督としての私の役割、船を乗っ取るまで時間は掛かりませんでした。
 彼等は金品を持ち込み、女を得ようと遣ってきます。当然、持たざるものの妬《ねた》み、嫉《そね》みが船を覆い、いつしかそれは熱い争いを予感させました。
 撲殺された死体が発見されました。
 狭い限られた船という特異な世界での殺しです。誰もが疑われました。猜疑心から生まれる狂気というものを知ったのはその時です。人間の心を制御する術《すべ》を体得したのはまさにその船の中でした。
 たとえば、気に食わない男がいるとする。女の何人かに閨《ねや》でこう囁《ささや》かせる。
『あいつしつこくて、どうかしてよ』
 これを聞いた男達は女の気を引くために、暴力で相手を捻じ伏せようとする。当然、船上は常に怒号と暴力が溢れる。死体が放置され異臭を放ち朽ち果てていく様子ほど気味の悪いものはありません。眼窩《がんか》が窪み、そこにあった眼球が実は液体を包んだものだったとはじめて知った時、何か得たいの知れない瘧《おこり》を感じました。
 どんな物事もある限界に達するともはや臨界点に達しそれは爆発します。
「火事だ」
 そう船火事が起こりました。慌てて甲板に飛び出した時には、船は天界へ届く如き火柱が夜空を染め上げていました。逃げ場を求め右往左往《うおうさおう》する女達、海へ飛び込む船員達、最初に見た地獄絵図です。
 そのような場に立ち会うと私は不思議な感覚があります。すべての動きが止まっているような感覚が襲うのです。私だけがまるで絵画の中で唯一動く者のようになります。何度も死線を越えるうちに身に付いた才能なのかもしれません。どう動くべきか、今まで一度も誤ったことはありません。
 前から逃げ出す準備を周到にしていました。
 小型のボートを誰の目に留まらない場所に秘匿《ひとく》し、その中に食料、武器、金品の全てを隠していました。商品である女達にも緊急事態の場合、どこへ集まるかを衆知させていました。
 船倉から女達に手伝わせボートを引きずり出し、海上へボートをロープで降ろしました。
女全員を救うのは無理と考えていましたが、どうにか全員をボートに移し終え、燃え盛る船を後にしました。船外機に火を入れ、荒波をかき分けボートは大陸へ向け急発進しました。背には燃え盛る船とぽっかりと浮かぶ満月があるだけでした。

 船外機の燃料が切れ、三日ほど漂流を続けた後、眼前にどこまでも続く一本の黒い線が現れました。朝陽を背にしてそれはかってみたこともない広大な土地、焼土と化した大陸でした。
 漁船に発見された私達はそのまま曳航《えいこう》され上海に近い小さな漁港へ辿り着きました。もの珍しさで私達は人込みに囲まれました。だが、日本人と判ると彼等は蜘蛛の子を散らすように家へ帰っていきました。
 土地の長という者がやって来て、家へ案内されました。女達にボートから荷物を運ばさせていました。二十二人もの日本の若い女を見たことの無い土地の者達は窓からこっそりと羨望の眼差しで覗き見していました。
「私は日本語が話せる」
 長い白髭が顎から木の枝のようにぶら下がった老人でした。
 不思議な老人でした。たぶん私達はやはり会うべき運命によって導かれ、かの地での出会いが約束されていました。
「話せば長くなる。貴方が今日来ることを私はずうと前から知っていた」
 そういうと老人は奥から木製の小箱を恭《うやうや》しく運んできました。
 中から折りたたんだ絹織物を取り出し、私の目の間で広げました。
 女達に囲まれた王子の絵図でした。見るからに小さい背丈の王子に黒衣装の老人が平伏しています。そして、同じように黒衣装の老人の一人が一枚の葉の付いた枝を王子に捧げています。
『あ』と私はすぐにあることに気がつきました。その王子の目の横にある黒子《ほくろ》です。決して絹織物の汚れではありません。織物は艶々と輝き真新しささえありました。
 実は私にもまったく同じ位置、左目の横に黒子があったのです。
「私達は倭寇の末裔《ますえ》です。何百年間もこの地に留まり待っていました」
「何を・・・」
「貴方様を」
 老人は床に平身した。
 老人は衛森全《えいしんぜん》と名乗った。
 この邂逅もまた私の歴史の扉を開けるために用意されていました。
「日本軍はもうこの中国にはいられない」
 私の大陸での第一歩はこうして幕が開かれました。
 それも、かって中国で恐れられた倭寇の王子の生まれ変わりとしての役割が待っていたのです。

BGM:FPM - 戦争と平和の日々

にほんブログ村 小説ブログへ

◎ととしスーパードライ強奪 

Nec_0005_1

あれれ、『ととし』て熊だったんだ。
『夢×挑戦』の懸賞ビールからついに『ととし』の正体が暴かれました。
「そうなんです。『う抜き』のティディベアーのニックネームなのでした。
『う抜き』て何?
たとえば、『ありがとう』⇒『ありがと』
『さようなら』⇒『さよなら』で『う』を抜かしても通じるよね、
じゃ、『うまそう』なら『まそ』てなるの?
じゃ、『ととし』は?
はい、『尊し《とうとし》』の『う抜き』が正解でした」

「ええ、ととしはどうやら埼玉のアサヒビール工場からスーパードライを強奪!」

※注意 スーパードライの二十四缶入りにティディベアーは同梱されていません。

|

« 黒い記憶 魔界への招待状 | トップページ | 黒い記憶 意思を継ぐもの »

コメント

へぇ! すごい展開!! おもしろいなぁww 一体この先どうなるのでしょう。。 

隊長>コメントありごとうございます。
    このごろ忙しく サンデーライター状態です。
    ヒントは近代が過去の殺人事件を解決に
    乗り出す予定です。

投稿: ゆかこ | 2007年3月21日 (水) 00時47分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/175341/14298495

この記事へのトラックバック一覧です: 黒い記憶 覚醒:

» おもしろいもの発見 [見ないで・・・恥ずかしいから]
ぐふふ・・・これを見たとき思わず大声で笑っちゃったよ(笑) [続きを読む]

受信: 2007年3月18日 (日) 06時37分

» 腹巻 [これいいよ]
我が家の子どもは暑がりである。 大人が寒くてエアコンをつけていても、 窓を全開にする迷惑野郎である。 [続きを読む]

受信: 2007年3月21日 (水) 12時30分

« 黒い記憶 魔界への招待状 | トップページ | 黒い記憶 意思を継ぐもの »