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2006年12月 4日 (月)

さよならだけが人生か その11

 間久部は睡眠剤で眠らせた塚本えりを無菌室のガラス越しに眺めていた。
 この未知の生命体との出会いは偶然ではない。
 『古事記』の語り部の稗田阿礼による口承の記録に、海神の娘がヤヒロワニに変身するという筋立がある。この場合のヤヒロワニとは『龍』を表す。また、『日本書紀』にもトヨタマヒメが『龍』に変身したという記述がある。
 つまり、古代日本に人間から別の生物へ変身するのを見かけ、または、その類の物の怪の出現が記録されている。このような怪異な現象はずっと歴史の中で隠蔽されてきた。
 時の権力者達によって秘匿され続けてきた。 
 人間を一瞬で滅ぼしかねない強力な力を持った生物『龍』を支配下に置くことは、この世界を支配することと同じなのだ。
 この無邪気に手術用ベットに眠る若い女のどこにその力の源があるのか、間久部はあらゆる研究機関から優秀な人材を集め、この施設で塚本えりの生体を研究してきた。
 しかし、調査の結果は普通の人間と違いがなかった。
 それではこの実験体を市中で生活させる。
 そして、再び変身を起こさせる。
 そこまでの計画はよかった。
 そこでどうなったのか、塚本えりは極道集団に浚われ、南海の島で変身を遂げた。
 危うく実験体を失いかけたが、どうにか取り戻せた。
 しかし、間久部は今、自分が危機に直面していることを感じていた。 二つの機関から追われている。
 一つはこの日本政府の別の機関、それは戦後から続く米国の日本駐在機関、日本国内で米国への反旗を翻すのを常に監視し続けている。日本人によって日本人を監視するという特異な組織だ。その素性は知られていない。ただ、米国大領からの直接の命令で行動するといわれている。日本の戦後政治の暗部に常に彼らが行動し、実践したとその筋では囁《ささや》かれている。
 もう一つが『エトー』といわれる謎の人物が君臨する組織だ。
 この組織も謎に包まれている。
 その巨大な力は米国と戦争すら可能とまでいわれている。
 間久部は絶対絶命に追い込まれていた。
 たぶんこの二つの組織を敵に回して逃げ延びるのは不可能だろう。
 時間は限られている。
 自分の居場所など当に知られているに違いない。
 塚本えりを人質にしてこの場を逃げる方法も考えた。
 しかし、しょせん一時的な逃亡だ。奴等は地の果てまで追いかけてくるに違いない。
『俺もここまでか』間久部の心に諦めに似た気持ちが浮かんだ。
『なにが悲しいの』突然、間久部の脳裏に女の声が響いてきた。
『ああ、幻聴を聞くようでは』間久部は懐からリボルバーを取り出した。あの女も始末する。そして、俺も最期にしよう。全部無かったことだ。『今、空に二つの鳥が現れます』また、女の声だ。
『私は昔、オンザといわれていました』
『オンザ』間久部は、全裸の塚本えりの腹から緑の光が出ているに気がついた。
 その光は無菌室を満たし、とても安らかな気持ちを与える輝きを放っていた。
「おい、ここを開けろ」間久部は無菌室の外にいる研究員にどなり散らした。
 飛び込むように間久部は無菌室に駆けいると、緑輝くベットへしがみ付いた。
「お前は何者だ」
 今、すべてがわかる間久部はそう感じた。何がわかるのか自分でもわからない、不思議な感覚だ。
『オンザはこの世界を作った片割れ』
『今、世界は滅びようとしています』
「滅びる?」
『貴方はかっての記憶を忘れた、私の僕《しもべ》、ロックです』
「ロック」
『人間の時間では50万年を超える昔です』
「50万年」
『エトーと私はこの世界を作った』
『エトーは私の主人であった者』
『彼は眠ることを拒んだ』
「エトー」
『彼は自分の名前すら忘れてしまった』
『彼がこの世界の調和を乱し、そしてまた滅亡へ進んでいる』
「滅亡?」
『彼はもう限界に来ています』
『私を探し続けてここまで来ました』
『彼の名はオリント』
『私は彼の苦しみを解放しましょう』
『貴方は昔のように、私に協力してください』
 オンザの放つ緑光からひつ粒の緑玉が弾けた。
 一瞬後、それが間久部の口から腹へ進入したのを感じた。
 激しい痛みが伴った。辺りが真っ暗闇に覆われた。
 いくつもの原始生物が自分の周りをぐるぐると駆け巡り、
あらゆる生物の進化の過程を具《つぶさ》に体験した。
 その場面にはオンザもいた。見知らぬ若者もいた。その若者が、エトーことオリントだろう。
 一週間あまりの間にガス状だった惑星が球体になり、激しい雷鳴とスコールが地表を襲った。見る見るうちに青く輝く球体になった。
 オンザとオリントが言い争うのを目撃した。
 オリントはオンザの静止を振り切って、地上へ向かった。
 赤く輝く龍の姿をしていた。
 オンザの放った稲妻に当たり、激しい勢いで落下していった。
 間久部もその後を追った。
 しかし、記憶はそこまでだ。
 何代も繰り返し生まれ変わっている間に記憶がぼやけたのだ。
『私はいつもお前の傍にいた』
 オンザの放つ光はいつしか塚本えりの全身を覆っていた。
 そして、ベットに全裸で起立する女は、かってオンザであった女性へと変身を遂げていた。
 完璧なプロポーションを持つ女性、ミロのビーナスを彷彿させる容姿だった。
 施設の緊急サイレンがけたたましい音を鳴り響かせた。

「オンザ様、最期の戦いの始まりです」
 オンザを従えて、間久部ことロックは無菌室から、このとても長い年月からのお別れに向かった。
 

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コメント

えええ!!!∑(゚ロ゚!(゚ペ?)??? これは一体…! ものすごい世界観!! 塚本えりって只者じゃなかったのね…。。 

投稿: ゆかこ | 2006年12月24日 (日) 23時15分

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